9.精霊さんに胸キュン




「どうかされましたか?」



 俺は目の前の美人エルフにそう声をかけられて、現実へと引き戻された。


 どうやら、突然頭の中に異世界召喚スキルが全展開されてしまったことで、意識がどこかに飛んでいたらしい。

 彼女はじ~っと、疑うような眼差しを向けて来た。



「い、いや、なんでもないよ。ただちょっと、一度に色んなことが起こりすぎて、頭がくらっときてしまっただけだから」



 右手を後頭部に当てて愛想笑いを浮かべていると、彼女と同じようにこちらをじっと見つめてきていた風の精霊シルフィーと目が合った。


 瞬間、その子はにかっと笑顔を向けてきた。

 俺はそれを見て、思わず叫びそうになってしまった。



 何あれ!

 メチャクチャ可愛いんだけど!?

 見た目が幼女だからかもしれないけど、笑うととんでもなく可愛いぞ!



 勿論、俺は幼女しか愛せないという人間ではない。

 だけど、なんというか、父性をくすぐられるような、そんな感じだったのだ。

 それゆえに、異様なまでに愛でたくなってくる。


 一人ほんわかしていると、エルフ娘がきょとんとした。

 そして、三秒ぐらい経ったあとで、俺と精霊を交互に見比べるようにしていた彼女がクスッと笑った。



「ふふふ。なんだかとても珍しい姿を見れました。シルフィーって、私以外の人間には滅多に笑顔を見せないんですが」



 首を傾げながら風の精霊に微笑みかける彼女。



「そうなの?」

「はい。心根が清らかな方とか、そういう人にしか気を許さないんですよ。そういう種族ですから」

「そ、そうなんだ」

「えぇ。ふふ。ですから、やはり、あなたは邪悪な人ではないということでしょうか?」



 自問自答するように彼女はそう言ってから、驚いたことに、自分からこちらへと近寄ってきた。

 俺はドキマギしながらそれを待つ形となる。

 そうして、彼女は一メートルほど離れた場所で立ち止まり、改めて俺をじ~っと見つめて来た。



「正直、まだ、状況すべてを受け入れたわけではありませんが、あなたが私に危害を加えない限り、あなたのことを信じようと思います」



 そう言って、彼女は右手を差し出して来た。



「私の名前はエルフィーネ。エルフィーネ・ミリ・アズーリ・ラー・フィリエリアーラ。アズーリの森の妖精族です。そこが私の生まれ故郷です」



 とんでもなく長い名前の彼女エルフィーネは、そこまで言ってニコッと笑った。

 俺はそんな彼女の予想外に愛らしい笑顔に思わず見とれそうになり、慌てて頭を振って握手を交わす。



「お、俺は葛城雪寿。えっと、エルフィーネって呼んでいいのかな?」

「はい。もしあれでしたら、ただエルとお呼びくださっても構いませんが」

「わ、わかった。じゃぁ、そう呼ばせてもらうよ。俺も、ユキヒサとか、ユキって呼んでくれていいから」

「わかりました。ではユキと、そう呼ばせていただきますね」



 そう言ってから、彼女は隣のシルフィーに視線を向けた。

 そして、二、三言、何かを呟くと、真っ白な風の精霊がくるくる回って姿を消した。



「還った?」

「はい。精霊は召喚していると、それだけでも魔力が失われていきますので」

「そうなんだ」

「えぇ」



 エルフィーネはそう言って、再び笑顔を消した。

 表情がよく変わる女の子だった。

 しかも、なんだろう。

 とんでもなくギャップが激しい気がする。


 近くで見られるようになったからよくわかるんだけど、やっぱり彼女はメチャクチャ美人だった。

 まさしく、想像を絶する美しさと言っても過言ではない。


 腰までの長い金髪と同じように、眉や睫毛も金色で、宝石のような――いや、すぐ近くでさざ波立っている、あの大海原のように碧く澄み切った瞳は、見ているだけで吸い込まれそうになる。


 彼女は自分のことを妖精族って言ってたけど、俺と同じ人型の生物であることに変わりない。


 だからこそ、本当に同じ生き物なのかと疑いたくなってしまうくらい、彼女の美しさは人知を超えていた。


 しかも、笑うと途端に可愛くなる。

 これ、絶対ダメな奴だ。

 こんな人と一緒にいたら誰だって好きになってしまう。

 そういう種類の女の子だった。



「ユキ?」



 どうやら、じっと見入ってしまっていたらしい。

 エルフィーネが不思議そうに小首を傾げていた。



「あ、えっと、ごめん。なんでもないんだ」

「そうですか? でしたら、すぐにでも今後のことについて考えたいのですが」

「今後のこと?」



 彼女は静かに頷いた。



「ユキから事情を聞いて、なんとなくですが、今自分たちが置かれている状況は理解したつもりです。あなたも私も二人して、元いた世界からここへと連れてこられてしまったと」


「うん」

「それから、理論上では、もう元の場所へは戻れないということも」



 そう言ったときの彼女の顔に、複雑な色が浮かんでいたことを俺は見逃さなかった。



「……本当に、その、ごめん」

「いえ、いいのです。起こってしまったことは仕方がありません。不可抗力だったのでしょう?」

「うん。そう解釈してもらえると、こっちとしては助かるんだけど」

「でしたら、そういうことにしておきます。私もむしろ、今の状況の方が……」



 そこまで言って、エルフィーネは口を閉ざしてしまった。

 俺は彼女がなんだか辛そうな表情をしているように思えたので気になったのだが、問い質すことは止めにした。


 なんとなくだけど、踏み込んではいけない領域のような気がしたからだ。

 だから敢えて、違うことを話題にした。



「とりあえず、もう一度状況整理しないといけないね。もし本当にここが無人島で、隔絶された別世界であるならば、俺たちは当分、ここで暮らさなくちゃいけないことになる」


「はい。ですので、先程も言いましたが、いつかここから出られることを信じて、当面の生活のことを考えなくてはいけません。水や食料とか、寝起きする場所とか」


「そうだね……」



 俺の頭の中に展開されている異世界召喚スキルの概略が本当であれば、多分、二度とここからは出られないだろう。

 死ぬまでここで暮らすことになるはずだ。

 だけど、それを今、断言して彼女を困らせる必要はない。


 それに、エルフィーネが言う通り、俺たちが抱える直近の課題は、ライフラインを確保することだった。



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