8.俺の頭の中がおかしくなった
「そうですか。世界を越えるようなスキル? 魔法があるのですね」
俺と彼女との距離は最初の三メートルから狭まってはいない。
俺の方はまぁ、なんとなく、ある程度事情を把握していたし、彼女に対する敵意なんてものは最初から存在していなかったから、警戒心なんてほとんどなかったけど、さすがに彼女は無理だろうな。
俺以上に自分の置かれた状況を飲み込めていないわけだから。
だから、三メートルもの距離を置いて、俺の話を聞いていたのはある意味当然だった。
それを理解した上で、俺はすべてを話した。
ここが地球という惑星で、そこに異空間が作り出されてどこの世界のものかわからないけど、無人島が召喚されてしまったこと。
そのときに、彼女も同時に召喚されたのだと。
勿論、わかっている範囲内で異世界召喚スキルのことも説明した。
どういう風に手に入れて、何が起こってスキルが発動してしまったのかを。
本当にこれは事故だったのだということを強調して。
彼女はシルフィーを横に召喚したまま、腕を組んで難しい顔をしていた。
「本当にごめん。俺もまさかこんなことになるとは思わなくて。でも、信じて欲しい。意図してこんなことしたんじゃないんだ」
――ダメかな?
俺は最悪の事態に備えて逃げ出す準備を整える。しかし――
「状況はよくわかりました。ですが、もし仮にあなたの言うことが本当だとしたら、まずいことになりますね」
相変わらず表情一つ変えずに、彼女は呟くようにそう言った。
――あれ? なんかこれ、怒ってない?
俺は上目遣いにじ~っと、盗み見るように彼女を凝視する。
なんとなくだけど、本当に思い違いかもしれないけど、なんだか酷く冷静に何事かを考えているような、そんな気がした。
「え、えっと? まずいって言うと、どういう?」
俺の問いかけに答える形で、彼女は視線をこちらへと向けてきた。
「つまりですよ? ここは文字通り、誰も立ち寄れない絶海の孤島だということです。何しろ、その異空間? というよくわからない場所にあるようですし。そこには私たち以外は入れないのでしょう?」
「うん、多分ね。マニュアル熟読してないから、詳しいことはよくわからないんだけど――」
「そうですか。でしたら、やっぱり、至急なんとかしないといけませんね。水とか食料とか」
「え? あぁ、うん、そうだね」
――うん? あれ? なんか話がおかしな方に行ってるな?
なんだかよくわからないけど、俺への怒りとか敵意とか、そういった矮小な問題など、彼女にとってはもはや、どうでもいい案件に成り下がっていたらしい。
むしろ、そんな些末なことを気にするよりも、その一歩先にある今後の生活のことが気になっているようだった。
――て、あれ?
てことは、もしかして許してくれたってことか?
頭の中に疑問符が浮かびまくって疑心暗鬼になってしまう俺。
しかし、そんなときにふと、頭の片隅に先程話題にあがっていたマニュアルのことが思い浮かんできて、「あれ?」て思った。
そう言えば俺、あのマニュアルどこやったんだろう?
そう思って周囲を見渡した。
確か、召喚スキルが発動したとき、手に持っていた気がするんだよな。
だけど、今はどこにも見当たらなかった。
背中にしょっていたリュックはあるんだけど、マニュアルだけなかった。
おっかしいなぁ。
そう思って、足下の茂みなどを確認していたら、突然、眉間にチクリとした痛みが走った。そして次の瞬間――
物凄い勢いで俺の脳裏を何かがかすめて行った。
まるでぎっしりと行詰めされたアルファベットの羅列が、超高速で縦スクロールして行くような、そんな感じだった。
そうして、それらがすべて流れ終わったとき、俺は朧気ながらに何が起こったのか理解した。
どういう状態で習得しているのかわからない異世界召喚スキルだったけど、そのスキル内に収まっていたと思われる拡張機能が俺の頭の中に自動解凍されて、脳内へとインプリンティングされたのだと。
もしかしたら、あの召喚スキルを初回実行したときに、スキル本体が俺の中にインストールされたのかもしれないな。
あのマニュアルと思っていたあれが、ゲームで言うところのインストールディスクだったと考えれば辻褄が合う。
勿論、スキルが実際にどういう仕組みなのか、肝心なところはまったくわかっていないから、あくまでもイメージだけど。
ともかく、薄ぼんやりとしていて、スキルの全容は相変わらず掴めていなかったけど、少し頭を巡らせるだけで勝手にスキルの概要が思い浮かぶ、そんな状態になっていた。
つまり、マニュアルはもう必要ないということだ。
頭の中に召喚スキルと一緒にヘルプが入っているようなものだから。
俺はここに飛ばされてきてからずっと、何がなんだかよくわからなくて焦燥感に苛まれていたけど、自分の身に起こった出来事の一部だけでもなんとなく理解できて、少しだけ気分が楽になったような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます