7.いつか必ず、幸せになってやる




 それはとても不思議な光景だった。


 人の頭ほどはありそうな大きさの、白っぽいそれ。

 上半身は幼女のような姿で、下半身は竜巻みたいに渦を巻いていた。

 背中には羽のようなものがあり、それをパタパタさせながら、俺とエルフ娘を交互に見つめていた。


 そして手は、俺を指さしている。

 その姿はどう考えたって、妖精だった。


 いや、待てよ。

 もし本当に彼女が精霊魔法を使えるなら、ひょっとして、あれは精霊を呼び出したってことか?

 つまり、何かしらの精霊。


 俺はそこまで考えて、一気に血の気が引いた。

 やばい、まずい、殺される!



「ちょっと待ってくれ! 悪気はなかったんだっ。本当にこれは事故だったんだよっ。だから、殺さないでくれっ」



 俺は悲鳴に近い叫び声を上げながら、華麗なまでのジャンピング土下座をして見せる。


 少し前まで勤めていた会社で常日頃からやらされてきた土下座。

 客先からクレームが来る度に、まったく関係ない俺が呼び出されて、その度に土下座させられた。


 通称、土下座係。

 本当にクソみたいな会社だった。

 なんであんな会社に入ってしまったのかわからないけど、今にして思えば、やっぱり辞めて正解だったと思う。

 あれ以上続けていたら、多分、俺はビルから飛び降りていただろう。


 だから、たとえ明日のおまんまに困るようなことがあったとしても、俺は間違った選択はしていないはずだ。

 俺は自分にそう言い聞かせつつも、同時に複雑な心境となってしまった。


 あんな社会の屑みたいなゴミ会社だったけど、それでもあそこで過ごした日々がまったくの無駄ではなかったと、改めて思い知らされたからだ。


 何しろ、俺は今、屈辱とかそんなこと一切考えずに条件反射で土下座してるんだからな!



 ――くそっ。



 こんな卑屈な自分に嫌気が差さないわけでもなかったけど、こればかりは仕方がない。

 だって、しょうがないじゃないか。無意識に出た行動なんだから。


 俺はこんな状況に追い込まれながらも、密かに誓うのだった。

 なんとかこの場を乗り切って、この島で悠々自適な生活を送ってやるんだと。



 ――見てろよ、クソ上司ども!



 そんな、心で罵詈雑言の嵐を巻き起こしていた俺の願いが通じたのかどうかはわからない。

 だが、エルフ娘が何やら戸惑いの声色を上げていた。



「え……と? あなたは何をされているんですか? よくわかりませんが、顔を上げてください」



 そう前方から声が降ってきた。

 上体を起こした俺の視線の先では、思った通り、金髪エルフが困惑げに俺を見ていた。



「えっと……信じてくれる……てこと?」



 恐る恐る問いかける俺。

 エルフ娘は表情を変えず、彼女の肩付近にいた精霊っぽい生き物と俺を交互に見比べた。



「信じるかどうかはわかりません。ですが、この子が言うにはあなたからは邪悪な気配が感じられないそうです。しかも、私と似たような風の色を感じると」


「似たような風?」


「えぇ。私にもよくわかりませんが。ですが、この風の精霊シルフィーは相手が邪悪な存在かどうか見抜く力を持っています。ですので、私はとりあえず、あなたではなくこの子を信じてみようと思いました。このまま何もわからない状態で放置されても困りますし、詳しい事情、説明していただけるんですよね?」


「あ、あぁ、うん。勿論だよ! 最初からそのつもりだったんだからっ」



 そうして俺は、自分が知り得る限りの情報すべてを、彼女に話したのだった。



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