第六章
警察に誘拐監禁される僕
坂下は僕を離さない勢いだった。
そんなに緑丘譲治という人物は重要だった?でも、僕が知っていることを坂下に伝える事なんてできない。これ以上親族の事をペラペラしゃべっちゃいけないのだ。
僕は僕をも守らなきゃいけないのだから。
「こっちかよ。百目鬼だったらプライベートの方でいいだろ?」
楊の声に、助かったと思いながら、僕は彼の声がした方へと振り返った。
楊は物凄く年上で物凄い権力者の大金持ちの女性に、彼女の子供か亭主みたいな口調で物申した。
「二度手間させやがって」
「私も仕事してるんだけどね。仕事中はこっちでしょうが」
葉子の家は仕事用とプライベート用の二つの区画があるという巨大二世帯住宅みたいなものなのだ。坂下の口元が強張ったのは、長年葉子を警護しているはずの彼こそ葉子のプライベート空間に招かれていなかった?から?
「かわやなぎ!!お前がひょいひょい適当するから警護に穴が空くんだろうが!!」
あ、そっちか。
坂下に叱られた楊はお道化て肩を竦め、楊の次に室内に入って来た髙が彼にしては珍しい冗談、口にした。
「子供が出来たので僕達同居します」
何のことは無い。
しかし、元検事長から余計なツッコミが入った。
「鳥と犬はケンカしない?」
「あ、そうだ!俺の乙女をなずなが狩っちゃったらどうするの?」
乙女とは、楊が愛して止まない凶暴なワカケホンセイインコである。
楊が十一月に拾い、飼い主が一向に現れなかった事で、二月に「楊が保護している落し物」から「楊の愛鳥」にジョブチェンジした。
楊は落ちている生き物は漏れなく拾うという特性を持っている。
「乙女の方が僕のなずなを襲っちゃうでしょう?」
なずなの外見は凶悪だが、髙の言い分の方が正しいと僕は思った。
乙女の方が十人ぐらいは殺してる指名手配犯みたいな顔つきであるのだ。
でもそんな感想に同意するべきじゃ無かった。
楊も髙も僕に酷い事が出来るって、なずなで学習したはずじゃない。
「あぁどうしよう。困ったなぁ。と、いうことでちびに俺達の愛娘のベビーシッターをお願いしたらいいんじゃないかな」
「かわちゃん!そんな芝居がかった台詞は止めて!」
「うっせえ。社会奉仕で家庭を守れない警察官に奉仕すんのが守って貰ってる社会人の責務だろうが。さぁさぁ帰ろう、今すぐに車に乗って俺の家に帰ろう。髙も今日から俺の家に泊まるし、お前目当てに山口や葉山も来るかもね。女子会ならぬ野郎会はどうだ。なぁ、いいだろ、百目鬼」
「いいよ」
「よくない!良純さん!!」
良純和尚は何かを考えたのか、考え無しなのか、僕が面倒になったのか、簡単に了承しちゃうなんて!!僕も緑丘の事をこれ以上坂下に追及されたくはなかったから渡りに船でもあるのだが、楊と坂下は親友で同僚だ。でもって楊の家には髙もいるし、葉山に山口も来るとしたら、囲んで僕に尋問大会開催だ!!
やだやだやだ。
「あの、僕はお泊まりの荷物なんてないのですけど」
「服は俺の着てないのやるし、パンツはコンビニで買えばいいだろ」
楊に何てことないように返答された。
だけど、僕はパンツには生産地と生地には拘っている。鬱だろうが鬱だからこそ、パンツについて主張したい僕が状況もわきまえずに騒ぎだしていた。だって、大事な所を守るはずのパンツは大事にするべきでしょう。
「僕は国産メーカーの国産のフィット系のボクサーパンツじゃないと嫌な人なんです」
だが、僕の言葉に全く動じない二人は目線を交わし、昔は良心だと、楊のストッパーだと僕が思っていた片方が無情に言い放った。
「あぁ、近くに服屋があるからそっちに行けばいいでしょ。じゃ、行こうか」
僕は髙と楊に引き摺られるように松野邸を辞去させられ、僕は犬と共に彼らのセダンに乗せられたが、今日は運転席には髙ではなく楊が座った。
楊は彼の運転が信用できないからと、交通部の
先日だって、楊が無謀な車線変更をして、五百旗頭に叱り飛ばされたその現場に僕は遭遇したばかりだ。
「かわちゃんが運転していいの?また五百旗頭隊長に叱られませんか?」
「だーいじょうぶ。ここは横浜市じゃなくて相模原だもん。おまけに今日はいっちゃんは本部から動けない。それにこの間のいっちゃんは坂ちゃんと喧嘩したから俺に当たっていただけだよ。平気、平気」
「喧嘩って、逃げたところを連れ戻されたから?五百旗頭さんて小さいんですね」
楊はぶふっと吹き出して笑い出した。
「ひどい、ちび。いっちゃんが泣いちゃうよ。あの日はね、葉子さんが警備案を受け入れなくて坂ちゃんが困っているからってね、いっちゃんが発破をかけたんだってさ。時には強硬に出るべきだろって。そうしたらさ、坂ちゃんがね、警備部には警備部のやり方がありますからって言い返したの。それも警備部のお偉方の前でね。あいつは点数稼ぎが上手いから」
それであの日の五百旗頭の「坂下むかつかねぇ?」か。
伝説の人のはずの五百旗頭が小さいと感じていたら、車は楊の家の前に着いていた。
「パンツは!それに、ご飯は!僕は今朝からまともなご飯を食べていないです。こんな事なら葉子さん家に残りたかった。いいですか、アフタヌーンティーには順番があるのです。タワーのお皿は下から順番に食べないとなんです。僕は一番上のスコーンどころか二段目のフルーツケーキも食べていない。良純さんの所に戻してください。良純さんの所に帰りたいです!ご飯!!僕のご飯!!」
助手席の髙は完全に僕の言葉を無視したかのように車を降り、そしてそのまま車のトランクに向かったようだ。彼の頭はなずなでいっぱいなのかと溜息を吐く。すると後頭部に僕の息がかかったことが嬉しいのか、なずなが僕の顔をなめようとし始めた。
「やめて。僕は顔をなめられるのが嫌いなの」
「玄人君も降りて」
僕はなずなを抱いたまま、髙の所にトコトコと歩いて行く。髙は僕からなずなを受け取った代わりに、僕に弁当の袋と下着の入ったビニール袋を手渡した。
「え?買ってあったのですか」
髙は優しく微笑んで家の中になずなを放し、楊はというと、トランクに詰んであったなずな用品を玄関を上がってすぐの廊下に並べだしていた。
「ちび。この道具は適当にリビングに置いておけばいいから」
「え?」
「玄人君は僕達が帰ってくるまで、絶対に外に出たり、玄関の応対もしちゃいけないからね。わかった?」
「え?」
彼らは僕に留守番を言いつけると、僕を監禁同然に置き去りにしたのである。
そして無理矢理家に残された僕は、しぶしぶながら室内の放し飼いの生き物達のレフリーとなった。
しかし生き物達は思っていたよりも友好的で、友好的じゃなくても二人が外出中はそれぞれケージと籠に入れておけば大丈夫のはずだ。
自分が連れてこられた理由が他にあるのではと気付いた時、彼らは帰って来た。
けれど、二人は僕の質問には心配するなと笑うだけで何も教えてくれないのだ。
それじゃあ、かえって心配するばっかりだよ。
どうして僕はここに閉じ込められたの?
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