記憶を掘った先で
僕は急に思い出した自分の宝物について思い出そうとしていた。
武本の事務所のある東京倉庫は売り物ばかりだったはず。
当主として商売用倉庫を個人的には使えない。
でも、僕専用のブルーグリーンの帯に金色のラインが入った茶器は、僕の宝物としてどこかに大事にしまわれているはずなのだ。だって僕の宝物という事は、武本家の家宝と一緒の意味になるんだもの。
「お母さんに捨てられた?違うあれは武本の家宝の一つと決めたから、絶対に捨てられない場所に隠してあるはず。えっと、僕はどこにあれを」
「玄人君?」
「クロ、どうした?」
「しっ」
僕がソファに背中をどっしりと預けて目を瞑って天井に顔を向けた行為に、良純和尚も坂下も驚いているのだろう。心配も?
でも、僕はあれを思い出さなければいけない。
あれはどこに片付けたのだろうと。
目を瞑った世界に閉じこもれば、そこは現実でも虚構の中にいるのと同じだと感じた時、僕の足元に囁かなさざめきが起きていると感じた。
目を瞑っていても、瞑っているからか、僕の足元には黒い蜘蛛がわさわさと絡みつく様が感知でき、でも、僕によじ登るなんて彼らはしない。僕にしがみつきたいのに、彼らは脅えているのだ。
脅えは、僕に?人に?
この蜘蛛のように蠢くものについては何なのかは未だによく解らないが、子供の頃から僕は彼らの存在を認めてきた。昔は僕の夢の中だけで現れると思い込んでいたが、最近は現実でも彼らが存在しているのだと気が付いた。
彼らがなんだかわからないのは、姿からしてわからないものだからだろう。
蜘蛛の胴体部分を無くして足だけにしたような形で、蜘蛛のようにもそもそ蠢く黒いものなのだ。
僕にわかることは、彼らが怖くはないものだってことだ。
彼らは部屋を飛び交う事もあるし、部屋の隅にぶくぶくとしている時もあるし、僕の目の前に揺らめいているだけの時もあるだけで、僕に何もしないとなぜだか分るから。
僕が彼らに恐怖を抱かないのは、武本玄人が彼らを知っているからで、僕がそのことを彼の記憶から読んで知っているからに違いない。
そうだっけ。
読み取った記憶があった?
なんとなく最初から存在を知ってはいなかっただろうか。
あああ、まるでたった今、行方を思い出そうとしている茶器のようだ。
知っているはずなのに答えが出ない。
僕はもっと深く探ろうと、瞑った瞼に力を入れた。
パシン。
目の前で手を叩かれた。
パッと瞼を開けば、僕は青森の家の大広間にいた。
僕は縦長の大きな和室で床の間を後ろに殿様のように偉そうに座らされ、僕の目の前には僕が望んだあの素晴らしい茶器セットが置いてある。
茶器セットを挟んだ向こうでは、着物姿の大勢が座っていて、まるで時代劇の家来のように僕に深々と頭を下げていた。
玄人は大好きな彼らを、今は後頭部しか見えないが、ゆっくりと見回して、彼らが望むように高らかと宣言をしたのである。
「僕はお祝いにいただきましたこのセットを、当主である僕の印とし、武本の家宝の一つに定めることにします」
五歳の玄人は子供のくせに裃をつけており、あの日は七五三の祝いというよりは元服式であり、僕の当主宣言であったのだろう。
祝いとして贈られたあの茶器は、玄人が欲しいと望んだ通りにお爺ちゃん達が作らせたもので、世界で一品の玄人を現す品なのだ。
数いるお爺ちゃんの中でも、玄人の本当のお祖父ちゃん達。
父方の
彼らは僕の目の前に立っていた。
険のある顔立ちに彫が深く眉も濃い東北顔の蔵人に、大蛇が笑ったような印象を受ける公家顔の周吉だ。彼らは僕を抱こうと両腕を開く。
「おじいちゃん!」
僕は彼らの元へと駆け出して、でも、二人いた祖父が一人になり、そして、数多いお爺ちゃんの一人である
小柄でも四角いがっしりした体つきをしている人で、鬼瓦のような顔の作りで強面だと怖がられる事が多いが、誰よりも愛情豊かで心が広くて優しい人だ。
僕は大好きな善之助お爺ちゃんに抱きつこうと両手を伸ばし、けれど、近づく一歩手前で整った顔立ちの青年に突き飛ばされた。
僕よりは確実に年上であり背も高い学生服姿の彼は、床に転んだ僕を上から憎々しげに見下している。
「君は橋場の人ではないでしょう。あれは僕のお父さんだよ。なれなれしい」
「あなたこそ橋場の人じゃないでしょう」
「黙れ」
僕の言葉にカァッと頬を紅潮させたその男は、転んでいる僕のお腹を踏みつぶそうと蹴りだした。彼の顔には狂気が見えた。
その顔は助けてとのたうつあの死霊と同じ顔だ。
僕は自分を守ろうとぎゅうっと体を丸くした。
「くろと!どうした!」
椅子の上で体を丸めていた僕は、その状態のまま良純和尚に抱え込まれていた。
僕の隣に座っていた坂下も僕の顔を心配そうにのぞき込んでいるし、なんていう事、葉子までも僕を心配しておろおろとしているではないか。
「どうした?」
「そうだ。玄人君、大丈夫?いいんだよ、俺はいつだって待てるから」
「はい。ありがとうございます。でも、ごめんなさい。僕は今すぐかわちゃんに伝えないといけないの。ねぇ、かわちゃん、かわちゃんに連絡したいの。今日見つけた死体が誰かわかったって。ねぇ、僕に電話をさせて」
電話か何かをしようととにかく僕は良純和尚の腕のなかから両手を伸ばし、そしてそんな僕の手を掴んだのは坂下だ。
彼はぐいっと僕の腕を引いて僕を捉えると、真剣な目で僕を再び射貫いたのである。
「玄人君、それは誰なのか俺に言えばいいから。誰かな」
「
僕は今朝の死体の名前を口にして、この名前こそ坂下も、そして葉子も知っていたらしいと気が付いた。
彼らの瞳孔が驚きに開いたのである。
またしても失敗だ。
こちらは知らないが前提であったのに。
「えっと、それは霊視、というか、幽霊から名前を聞いたの、かな?」
「いいえ。いいえ。知っている人でした。僕はそれしか言えません」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます