誘導尋問にご注意

 葉子は僕と坂下の掛け合いに呆れ声をあげた。

 何のお遊びって酷い言い方。真面目なのに。


「紅茶友の会は紅茶好きで陶磁器好きの人達の趣味の会です。会員の選抜は副会長の長柄由紀子さんが行います。年一回、武本物産から僕好みの陶器を購入するのが会費替わりであり、会則として、会長の僕と出会ったらひたすら紅茶を心行くまで一緒に楽しまなければなりません。葉子さんは如何ですか?」


「それって、あんた以外は楽しいの?」


「でも、みんな会員になりたいって言ってきますよ」


「陶磁器の購入に割引があるの?」


「会長は新会員を好きな場所にご招待する義務があります。僕に招待して欲しいって、みんなは言います。ええと、言ったか。僕はもう幽霊会長さまだし、あの頃と違うから、そうか、楽しくない、ですよね」


「俺は今の君とお茶会したいな」


「ほんと?坂下さん。あなたはどこに行きたいですか?」


「え?どこって?」


「言ったでしょ、会長は新会員が望む好きな場所にご招待できるって。あの、紅茶を飲んでみたい場所です。えと、一応日本国内という縛りはありますが。あと、今の僕にはご招待できるところが限られてしまいますので、東京都内か近郊でお願いしたいですけれども」


 会則を読んでいなかったのか、坂下は物凄く驚愕している顔を僕に向けた。だがすぐに、きゅっと唇を噛んで何かを考えた後、彼は真っ直ぐな目で僕を射貫くように見つめた。


「それでは、割烹花房」


 お祖母ちゃん家の高級料亭か。

 僕は首が折れる勢いで、がくりと頭を下げてしまったかもしれない。


「あ、うそうそ。待って、もうちょっと考えるから」


「いえ。いいんです。皆さんそうおっしゃるんです。僕に負担をかけない様にって。みんなお爺ちゃんのお店を選ぶの」


「え、負担がかからないって。ちょっと玄人君。京都の本店じゃなくて赤坂のお店でさえ予約が二年先だって聞いているよ。一見さんお断りの」


「でも、お茶だけなら馨お爺ちゃんがいつでもいいよって」


「ちょっと待て。我が家に時々残り物だと届くのは花房の飯か」


「まだ気づいていなかったんですか、あなたは。でも、そんなことはどうでもいいです。花房は嫌なの?お金がかかるなら別にそこじゃなくていいからね」


「違うの。でも、僕は一度くらい自分でお茶会を開催してみたかったから。花房だと馨お爺ちゃんが全部やっちゃう。お紅茶だけの筈が、いつのまにか懐石になって、最後にお爺ちゃんがお抹茶をてちゃうの。お爺ちゃんの会になっちゃう」


「あら、それって金を出しても体験できない伝説の花房スペシャルじゃないの」


 僕は葉子の言葉に、今までの会員もそれ目当てだったのかと、どうりで皆迷わず花房だと答えた筈だと、テーブルに頭をぶつける勢いでがっくりとした。

 そんな僕を支えてくれたのは、やはり良純和尚だった。でもやはりというか、食い意地の張っている彼は、支えながらも僕の耳元に、絶対に俺も招待しろ、と囁くのを忘れていない。

 がっくりだよ。

 けれども、会員三十八番は人の心を持っていた。


「じゃ、じゃあ、花房は、止め。君がお茶会を開催できる場所を教えてくれるかな?どこの会場が君が使える、ば、場所なのかな?は、花房を抜けてね」


 僕は嬉しさに良純和尚を振り払い、身を起こして隣の坂下に振り返った。


「あのですね」

「バカ!!探りだと気づけ!!この厚顔に騙されるな、クロ!」


「坂下さんは厚顔でなく好漢です」


「いいじゃないの。どちらも坂下なんだから」


「松野さん!訂正無しですか!!そう見ていたんですか!!」


「あ、あの、坂下さん。えぇと、神奈川だったら由紀子伯母さんの家と橋場建設のビルにご招待できます。東京だったら橋場の本丸にある能舞台のある客間、あと、お、お母さんのお祖父ちゃんのお店。し、白波の銀座にある本社ビルにある貴賓室。あぁ、やっぱりだめ。僕は皆と疎遠になってしまったから。やっぱりお願いできないかも」


「玄人君、島田正太郎さんは?」


「ああ、お爺ちゃんのホテルとお舟ね。ホテルは赤坂も横浜もフレンチシェフが面倒だし、お舟に乗ると広子お婆ちゃんが面倒だからいや」


「え?」

「広子おばあちゃん?」


 僕は葉子と坂下が同時に驚きの声を上げるのを少々訝しく感じながらも、彼らが知っているはずと自分に言い聞かせた。家の事をペラペラ他人にしゃべったってお祖母ちゃんに知られたら、僕はお祖母ちゃんに殺される。でも良純和尚が目を三角にして自分は知らないぞと僕に脅す視線を向けているならば、ええと、不安だろうが僕は説明を続けなきゃ、かな。


「お祖母ちゃんのお姉さんが広子お婆ちゃん。馨お爺ちゃんはお祖母ちゃんのお兄さん。坂下さんは花房を知っているんですよね」


「いや、知っているけど、え?君のお祖母ちゃんが、花房四兄弟の末の咲子さん?花房っていえば日本の胃袋を握っている財閥さんだよね。え、君はそんな直系だったの。そうか、それで馨さんが直々に出てくるのか」


「玄人!あんたのばあちゃんが咲子さんだったの!」


 え?葉子まで知らなかった?

 なんとどうやら坂下は僕にカマをかけていただけらしい。良純和尚が言う通りに、僕は厚顔な坂下に騙され探られただけだったのか。恐慌をきたした僕が良純和尚を振り返ったが、僕が助けを求めた筈の彼は自分の口を押えて、しまった、の顔をしており、あからさまに僕から目を逸らしている。


 しまった。

 良純和尚の「馨って何者」の質問ぐらい答えていれば良かった。

 良純和尚が坂下に「馨」の名前を漏らしたのだろう。

 好奇心で死ぬネコか、この人は。


「坂下さんは知っていて尋ねたんじゃなかったのか!あぁ!しまった!」


「え、ごめん玄人君。どうしたの?俺が何かした?」


「おばあちゃんが花房の咲子だってばらしたら僕は殺されます。あぁ、しまった。坂下さん、じゃあ、割烹花房で!」


「やだ」


「え?」


「俺は君がお茶会を開ける場所をもうすこし考えていいかな。お店屋さんよりも、君の主催のお茶会の方が楽しそうだからね。一番最後の会員が、会長の一番最初のおもてなしを受けるなんて、大特典だと思わないかい?」


 僕は坂下のやさしさに嬉しくて、彼の顔をまじまじと見つめてしまった。

 坂下は僕に安心開けを与える笑顔を返してくれた。

 こんな素敵な人ならば、僕は彼をご招待するお茶会のために最高のお持て成しをしなければ。そうだ、最高の茶葉を用意し、あの素晴らしい茶器を引き出すのだ。僕の為に作られた僕だけの茶器を!!


 そこで僕は自分が思いついた言葉にハッとした。

 引き出す?どこから?と。

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