人がいると眠れない
楊の家の主寝室は、仕切り板を外して二部屋を一つにしているため、とても広々としている。彼はこの部屋こそが必要だったのだろうと、楊のベッドを見て僕は思った。
楊のベッドはとても特殊な高級品で、部屋が大きくなければ置けないだろうものなのだ。ベッドの幅はセミダブル程度であるのだが、サブベッドが下から引き出せる仕様なのである。
楊が双子であるからという選択なのだろうが、高級家具を扱う武本家の目で見ても、この面白いスウェーデン製の大型ベッドは子供に与えるには高級品だ。
楊家はやはり大金持ちだったのか?
楊の実家は横浜の山手にあり、王子様が住んでそうな白い壁の洋館だった。
「ママがさ、一目惚れで買っちゃったんだよね。俺とケツはおかげで学習机を部屋に置けないじゃん?リビングでお勉強よ?大きくなってもさ」
楊は母親をママと呼ぶが、ケツさんもケツさんの奥さんもママって呼んでた。そのママさんが自分の母、楊の祖母の千代子さんの事をママと呼んでいたので、楊家のしきたりだと僕は考えている。ちなみに、楊の弟は本名が
「それでお兄ちゃんなかわちゃんがこの大きなベッドに一人で、弟のケツさんがサブ?」
「お兄ちゃんは弟に譲るもの」
「そうですね。おやすみなさい」
僕がベッドに乗り上げようとするや楊は僕を捕まえ、ぽいっとサブベッドの方へと僕を転がした。
「お兄ちゃんは!!」
「散々譲ったからさ、俺はもう誰にも譲らん」
「そっか、おやすみなさい」
僕が掛布団に潜り込むと、掛布団の上から頭をポンと撫でられた。
「おやすみ」
楊のかすれた低い声に僕はドキッとした。
楊は時々とってもいい声を出す。どうして普段はあんなはすっぱな声ばかりなんだろうって、勿体無いって思うぐらいのいい声だ。良純和尚に言うと、彼は、その声の方が作り声だって言った。その声ってどっちの方?
部屋のドアが閉まる音。
その前にカチッとスイッチの音もした。
僕は布団の中で思う。
楊は破天荒を演じているだけの気遣う人なのかなって。
だって彼は僕の為に部屋を暗くして、僕が眠れるようにと部屋を出ていってくれたのだ。
彼は僕が頭まで布団を被るのが眠るための儀式だって知っているし、僕が他人が居るとザワザワとして眠れないって事を知っているから。
乗り物の中では人がいようと眠れるのに、不思議だ。
そして、楊はまだ気が付いていないみたいだけど、僕は楊なら一緒にいても眠れる人になってしまっているという事実。だって、何度も一緒に雑魚寝していれば僕だって慣れるよ、楊が横にいるという状況にね。
ごろんと僕は寝返りを打った。
あれ、僕はいつの間に寝入っていた?
だって、楊のベッドに楊が寝ている膨らみがある。
その膨らみは鼾の混じった寝息だって立てているのだ。
楊は部屋を出ていったと思ったけど、出ていってなかった?
それとも、僕が寝ている間に戻って来ていた?
変だな、と思いながら僕は仰向けになった。
そこではふっと息を吸った。
仰臥する僕の目の前、見上げた天井には、大きな蜘蛛が蠢いていた。
「今日は沢山君達に出会うね。これも、夢?ここは誰もいない僕の世界なの?」
僕に返事をするように、僕の顔から一メートルほど上の方に、ゆっくりと、ひまわりのように広がりながら移動してくる。
大きな円形となったそれは、赤ん坊を癒すガーランドのようだ。
僕は手を伸ばしていた。
だがその瞬間、ぱああっと霧散してしまった。
爆発しちゃうようにして。
「え!どうしたって言うの!!」
驚きながら声を上げ、声を上げてしまった事に気が付いて口を塞いだ。
起こしちゃう!!
楊を見返すが、彼は微動だにしない。
良かったと思ったが、僕は布団に包まる彼を眺めているうちに気が付いた。
なんだか視界が大昔のブラウン管テレビの映像みたいじゃ無いか、って。
あるいは、粒子が粗い白黒の監視カメラ映像みたいじゃないか?
足元が揺らぐような不安を感じ始めた僕は、安心を得たくて隣で寝ている楊の寝姿を見ようと体を起こして首を伸ばした。
「かわちゃん?」
僕と目が合ったのは、楊のベッドで仰臥していた田口だった。
目を見開いた彼女は、空気を求める様に盛んに口をぱくぱくと閉じては開き、閉じては開き、僕を憎しみの目で見つめ続けているのだ。
「ぎゃあああ!」
赤ん坊が大人を求めるようにして、僕は悲鳴を上げていた。
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