基本設定に立ち返って?

 僕は本当に情けない。

 二十歳の成人でありながら、簡単に涙を人前で流してしまっただなんて。


「あぁ、クロト泣かないで!大丈夫だから!かわさんいなければ僕達のさぷらいず飲み会にすればいいだけだから。パーティはおじゃんにしないから泣かないで!」

 

 山口は兄のようにして僕を抱き締め、なおかつ、ハンカチで僕の涙を拭うなんてこともしてくれた。僕達が懇意にしていることがバレたら彼が困るだろうに。僕は彼の優しさに感激だ。


「大丈夫だって。ほら、とも君だって、絶対に参加するって言っていたでしょう」


 山口の口にした友君とは、彼の相棒であり、楊の部下の一人だ。

 さわやかな好青年で山口よりも一つ年上の葉山はやま友紀とものりは、武道どころか茶道も嗜んでいそうな立ち居振る舞いの静かな男性で、僕に和菓子をくれる事から僕は彼を武士と崇めて尊敬している。

 実は葉山は顔立ちも物凄く整っていて、楊班は美形で揃えたのでは?と絶対に陰で言われているはずだ。


「あ、友君もがっかりするね」


「ちょっと待って。どうして友君?僕が山口さんで、どうして友君?ねぇ、クロト」


「いいじゃない、そんなこと!!」


「そんな事って、ひどいよクロト!!」


 だから、僕達が懇意にしてるの周囲にバレたら大変でしょうって君が言いだしての設定でしょうが!!秘密の仲良しって設定どうした!!

 でもそんなことはそんなことだ。

 山口に設定話を思い出させるのも面倒どころか、僕が幹事するパーティが消えて無くなった事が辛くて辛くて辛いばかりになっていた。

 応援して助けてくれたみんなに何て言えばいいの?


「う、うううう、う」


「あぁ、泣かないで!」


 山口は完全に自分が提案した設定をかなぐり捨てている。彼は僕を抱き締め、おろおろとしながらも、なんと兄のように僕を慰めようとしてくれるのだ。

 しかし、そんな気安い行為を受けたからこそ僕は、パーティの幹事を成功させようと頑張ってきたのは彼らに認められたいという気持ちがあったからだ自分に認めた。

 なのに結局、こうして慰められるだけの自分が情けない。

 僕は一層悲しく涙が止まらなくなってしまった。


 慰めてくれる山口の行為を否定するような結果で、大変申し訳ないけれど。


「う、う、う、ううううう」


「ちくしょう。泣くんじゃない。」


 僕の涙に本気で耐えきれなくなったのは楊であった。

 彼は僕を山口から奪うようにして引き寄せると、そのまま自分の胸に僕を押し付けた。

 それだけでなく、左腕でぎゅうと抱きしめた僕の背中を右手で優しくポンポンと叩いてあやすという行為付きなのだ。


「大丈夫だ。大丈夫だって。俺は絶対に生還する。俺にはたかという切り札がいるじゃないか!!」


「かわさん、自力じゃない所が情けない」


 楊の相棒のたか悠介ゆうすけは楊よりも年上の三十六歳。そのせいか大人の飄々とした雰囲気を持った様になる格好いい人であるのだが、元公安の怖い人らしく、大体は彼の思惑で進むという噂まである。

 楊の出世は髙の差し金によるものともっぱらの噂だ。

 上司であるはずの楊でさえ頭が上がらない御仁なのだ。


「そうか。髙さん。髙さんがいましたね」


 山口は人頼みの上司が情けなく思うだろうが、髙は疑われていた僕を最初から庇ってくれた人でしかない。

 僕が彼の名前に希望を持って反応するのは正しいはずであり、その流れとして僕は楊の胸から喜びを込めて顔を上げたのだが、不思議なことに山口と楊は僕を怪訝な表情で見下ろしていた。


「どうしたの?」


「べつに」


 楊は別にじゃない顔つきで答え、山口も困り顔だ。


「ねぇ、もしかして髙さんは具合が悪いの?そういえばこの現場に来ていないですね」


「うん、そうだけどさ。ちびは髙に会いたいの、かな?」


 楊の伺うような言い方に、僕が最近忘れていたことを思い出してしまった。

 僕は気持ちが悪い生き物だってことを。

 僕の体は男の子と言える特徴を示しているが、XXYという染色体異常により第二次性徴は迎えていない。

 無毛の幼児のような性器にがりがりの子供のような体は成長せず、僕は手足だけが伸びた蜘蛛のような体型なのだ。


 以前に女の子だと思われて誘拐されて乱暴されそうになったのだが、僕の裸体を見た男は、気持ちが悪い、と吐き捨てただけだ。

 その場は髙に救われた。僕は受けた暴力行為よりも、気持ち悪い、と言われたことに傷ついていた。そんな僕を、彼は、きれい、だと言って慰めてくれたのであるが、やはりあれはその場しのぎの慰めだったのだろうか。


 僕は知られるほど嫌われる。

 両親が僕を決して見ないのは、きっとそういう事なのだ。


「ちび。こら、勝手に暗くなるな。お前は俺に集中していろ」


「かわちゃん。急に僕の体をぐらぐら揺らさないで。脳みそがおかしくなっちゃう」


「いや。お前の脳みそは既に十分おかしいからそこは気にするな。それよりもお前はさ、髙がお前に渡した防犯ベルがスタンガンだったってわかったんだろ。――それでも髙に会いたいのか?」


「はい。だからこそ会いたいです。でも、髙さんは、……僕に会いたくないんですよね」


「え、そんなに会いたいって、復讐?報復?罵りたいだけ?ちびは髙に一体何をしたいの、かな?お前は百目鬼のようなろくでなしじゃないよな」


 僕は再び楊によってぐらぐらと揺らされ、今度は山口に抱きしめられるようにして楊の手から助け出された。


「いいじゃないですか。クロトにはその権利がありますって、かわさん。クロトの好きにやらせてあげましょうよ」


「ちびイコール百目鬼だろうが。まかりなりにもお前の教育係だった髙を血祭りにあげたいのか、お前は。この薄情者」


「僕は今クロト一筋ですから」


「ねぇ、どうして僕が髙さんに報復しないといけないの?」


 言い合いをしていた二人はぴたりと口を結び、同時に僕を訝しそうな目で見つめた。

 どうしたの?これこそなんか設定あった??

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