第二章
哀れな男達
僕達に、いや、楊に声を荒げたのは、十一月の事件以来の田口鑑識官だった。
彼女は、僕と同じ位の身長に目がくりっとして大きく、美人ではない可愛い系の人である。あの頃はショートカットに化粧っけがなかったが、今や髪はまっすぐに肩ぐらいまで伸ばしており、化粧がとても濃くなっていた。
失敗したクレオパトラ?
残念な事に既に可愛い系では無い。
田口の外見の変化に僕は驚いたが、可愛い系でなくなって勿体無いなんて一ミリも思わなかったのは、僕が出会った最初から彼女が苦手だからであろう。
田口は、動作が粗暴なだけで気質は粘着質という、自称サバサバ系の女性だからだ。
本当に、どうして粘着系の女性に限って、自分をサバサバ系って自称するのだろうか。何でも言えちゃうの、と言って口を開けば、他人を扱き下ろす悪口ばかりじゃないの。確かに陰口じゃなくて目の前で悪口を何でも言えちゃうけど。
本当にこんな人は僕は無理。
田口さんが僕と目線が同じくらい、という僕が理想する女の子の要件をクリアしてても、僕が絶対に好きにならないタイプだ。無人島に二人きりだったら自殺する。
僕は苦手意識から彼女から逃げ出したくなっており、僕を逃がさないように腕を回している楊の腕の中にさらに逃げ込んだ。
あれ?楊こそ僕を守るように僕を自分に引き寄せて抱き締め直した?
「この子の参加については髙(たか)と俺の秘密ごと。納得できないなら髙に聞いてくれる?俺は猿回しの猿の方だから」
「あなたが上司では?」
「俺はただの管理職の人。現場は現場に一番詳しい人に手綱を渡すのが一番。そうでしょう?」
何事もないように軽く答えると、彼は僕の肩に腕を乗せたままブルーシートの外へ連れ出そうと踵を返した。
彼女の僕を睨む目が怖い。
睨むなら楊だけにして、と僕は田口に脅え、自分に回された楊の腕を掴んだ。
宥めるように楊は空いてる手で僕の頭を撫でた? え? かわちゃん? ええ?
「楊警部補、私にも話があるんですけど!!」
「君の報告は鑑識の主任を通して。俺はそれを受け取るだけの人だから」
楊は僕をぐいっとひっぱり、僕が田口に触れる事の無いようにして田口の横をすり抜けた。そんな僕達に田口は殺気のこもった目を、いいや、この殺気は僕にだけ向けている。
どうして二度顔を合わせた人に、僕はここまで嫌われたのか。
理解できない田口について考えたそこで、僕は楊が以前にぼやいた言葉を思い出した。
「諦めてくれない女は怖いって、田口さんの事でしたか」
すぐさま楊に頭を叩かれてしまった。
「だって、かわちゃんが」
以前に楊が飲みの席で言っていた事があったのだ。
「断っても諦めてくれない女ってさぁ、どうしたらいいんだろうね。男はさ、もう嫌われるようにって駄目な男ぶるしかないじゃない。それなのに、そんな駄目な所が好きって、包容力のある私って素敵でしょうってさらに距離を詰めてくるの。怖いよねぇ。駄目な男は女に作られるのよ。きっと」
「普通に別れればいいじゃないですか。別れたいって言えば」
「馬鹿!付き合ってもいないんだから別れられないだろ。普通に断ってもな、好きな人が出来るまでいいでしょって流されるのよ。私はあなたを想っているだけなんだからって。お友達になりたいだけなのに酷いって。そんでいつの間にか恋人とか婚約者って吹かれるから彼女の作りようが無いでしょ。嫌われるしか方法ないじゃんか」
「それってかなり具体的で実感が篭っていますけど、かわちゃんの実体験?」
楊はスッと僕から目線を逸らすと、ハイボールを僕の為に追加してくれたっけなあと。それを思い出したから、ブルーシートの外に出た所で僕は思わず口にしてしまったのである。
眉根を寄せた変顔の楊が僕に何か言おうとしたが、そこで聞きなれた声がかかった。
「逆セクハラお疲れ様です」
声を掛けて来たのは楊の部下の一人である山口だった。
グレーの細身のスーツ姿に黒い帆布鞄を斜め掛けしている彼は、刑事というよりも職探し中の大学生にも見える。
僕は彼に軽く頭を下げた。
彼は一見特徴のない風貌の長身の男だが、ちょっとした所作に凄みがある少々捉えどころのない人である。猫のような綺麗な瞳を持つ形の良い目はいつも微笑んでいるためか小さく細く見え、微笑んでいる表情でありながら整っている顔が目立たない。
凄く特徴がありながら、彼はその他大勢に埋没してしまう不思議な人なのだ。
先月に僕と良純さんが巻き込まれた事件から、僕と彼とはメールもする仲になった。
山口が僕のスマートフォンに登録した彼の情報によると、彼の下の名前は淳平で七月四日生まれの二十七歳、楊と同じRHプラスのO型だ。
手元にスマートフォンが無いので確認できないが。
ちなみに僕はRHマイナスのO型だ。
さて、彼とここまで親密であるのにそっけない挨拶のみであるというのは、疑われている僕達にこっそりと情報を漏らしてくれた恩人である事が理由で、僕達は親しくないと人前では振舞わなければならないのある。
秘密の恋人だね、と人目の無い所で僕の手を握って揶揄うのは止めて欲しいが。
「いいのか、山口。俺はセクハラ野郎の濡れ衣持ちだ。本気でセクハラパワハラして暴れたい気分なんだよ。俺の手の中にちびのスマートフォンがあるからねぇ、ヒヒっ」
「あぁ、かわさん。それでクロトから何の返信もなかったのですね。酷いですよ!」
「お前なぁ、監査が入ってんだからよ、ちったぁ遠慮しろよ。べらべら情報流した事を反省もせずに、それを逆手にメールで口説いてんじゃないよ」
「あぁ、もう。監査が入っていたのはかわさん一人じゃないですか。これは単なる嫌がらせですね!クロトと連絡取れなければあなたのパーティもおじゃんですよ。わかってそういう嫌がらせをしているんですか!」
「俺は、十二日も潰れたんだぁ!」
楊は両手で顔を覆っての雄たけびだ。
僕のスマートフォンが奪われた理由は他にもあったらしいが、僕は今までの計画やら高揚感やらもぽしゃりと潰れた音も聞こえていた。
飲み会幹事なんて面倒だと騒いでいたのだが、僕はとてもそれを、かなり楽しくその日を心待ちにしていたらしい。
僕の視界はじわっと曇って歪んだ。
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