何が見えたの、かな?

 歩道橋の下って人が住めそうな秘密基地が作れるんだな。

 ブルーシートで覆われた現場に連れこまれた僕は、肉体が現場から逃げ出せない代わりに思考が必死に現状から逃げ出そうと頑張っていた。


 だって臭い。

 顔が歪んじゃうほどに臭い。

 生き物が死んで腐る時って、どうしてこんなに臭いんだろう。


 仕事でゴミ屋敷を何度も経験しているけれどこんな臭いは、ああちくしょう、何度も嗅いでますよ。ゴミの下からペットだった、猫やネズミや犬の死骸がモロモロ出てくる現場もありましたから。

 これはそのせいだ。

 ゴミ屋敷を経験していたそのせいで、自分が死臭に対して顔が歪む程度で我慢できるようになっていたなんて何ごとだろう。


 この臭さが未経験だったら、きっと僕は思いっ切り吐いていた。

 ゲロを噴出できたのならば、僕は楊に解放して貰えたはずじゃないか。

 現場を汚染しやがって、と。

 恨む、恨むよ!何度もゴミ屋敷に放り込んでくれた良純和尚を!!


「さぁ、お前には何が見える?」


 僕の両肩に負ぶさるようにして僕を抱えている楊が、僕の耳元に顔を寄せて囁いた。少々芝居めいた風にして。


「ゴミとゲロと死体?」


「違う。俺達には見えないものが何か見えない?ってやつ」


 楊が僕を現場に引きこんだ理由、それは、僕が見える人だからか。

 両親にさえ気付かれないように、僕は一人でこの力に怯えて生きてきた。

 だって、ただでさえ両親にキモイと思われている僕だし、僕が鬱になった時に療養よりも入院をすぐに検討した時点で、やばいと思わない?絶対に僕が霊話なんかしたら、僕はどこかの病院に閉じ込められていたはずだ。


 だから僕は見えないものが見える事を必死に隠して来た。

 楊に気付かれたのは不可抗力。

 十一月に死体を見つけて巻き込まれて、その事件の最中に霊について伝えなきゃいけないことがあったから、だ。

 そもそも良純和尚でさえ気付かなかったんだよ。

 いや、彼は僕の行動がおかしいと精神医学出の犯罪心理学の教授に相談していたと聞いた。その教授が僕と良純和尚を引き合わせた張本人で、武本家の菩提寺の住職様の弟であるので相談行為は当たり前とも言えるが。


 あぁ、そうだ。

 良純和尚の言うがまま、僕が復学できるように診断書も書いたお人だった。

 一度も会ったことない患者の診断書を書くってどうよって思うが、僕は鬱なので黙っていることにしている。


「ち~び。俺は聞いてるんだけどな?」


「ゴミとゲロと死体以外に何かあるんですか?えと、もしかして、死体が無い、とかですか?死体消失事件?」


「……ごめん。聞き方が悪かったか。死体から何か読み取れますか?」


「読み取るって、僕を連れてくる必要はないでしょうに」


 僕は目の前にある黒い袋、つまり死体が入れられた遺体袋を見て呟いた。

 チャックが開いて中が見えるが、それの中身は全裸の痩せた老人でしかない。

 少々体は小柄かもしれないけれど、生前はとてもハンサムな男でもあっただろう。今は殺された事による驚愕と恐怖で顔を歪ませているが。


「ほら、君から見て、年齢とか、特徴とか?」


 僕から楊が離れたと思ったら、彼は仕事用のスマホを取り出していた。なんか現場の情報とかを入力できる奴だ。楊はスマホを持つ腕で僕を軽く突いた。


「年齢、五十代後半から七十代半ば、かな」


「年齢とかズバッと行けよ。そんなん警察で公表してるやり方と同じじゃん?成人らしき遺体んときにさ、二十代から五十代っていうやつ」


「じゃあメモすんの止めてよ」


「うっせ。次は身体的特徴」


「身長は僕ぐらいで、顔は整ってる。なんか、あれ?見たことあるような」


「そっち詳しく」


 ところが僕はハッと気が付いてしまった。

 十一月に死体を見つけた時に、見つけた僕が犯人だと名指しされた過去があるのだ。

 過去から学んだ僕は口を閉じたのだが、楊は恋人にするように後ろから僕の首に腕を回して僕の耳元でふふふと悪そうな笑い声をあげた。


「耳たぶをなめようか」


 甘い外見でいつも騙されるけど、ノリが最低な体育会系の人だった!!

 この楊という人は、舐める、絶対に舐めてくる!!


「きゃう!えと、お、思い出せないので思い出したら必ず!!」


「わかった、約束だな。で、あれは男?女?」


「え?」


 僕が目にしている遺体は、実は性別もわからない程のモノだった?え?十一月に僕が見つけた遺体写真を見せられて僕が絶叫して気絶した時みたいに?あれは酷く腐ってぐちょぐちょで、虫塗れの酷いものだった、よね。


「いや!あれの本当の姿を後で見るのは嫌!」


 僕は叫んでいた。叫んで逃げようとするのだが、楊が僕を捉えて離さない。

 ぎゅうと締め付けられていないのに、檻の中みたいな拘束が出来るって、やっぱり警部補な楊は有能な人だったの?


「ほらほら、じたばたするな。騒ぐとここでディープキスするぞ」


「ひゃう」


 僕は完全に恐怖に竦んだ。

 やりかねないと、僕は必死で自分の頭の中のメモリーを検索した。

 見覚えを思い出さなきゃ!!


「部外者、それも一般人を現場に連れ込んで何をやっているのですか?」


 手厳しい女性の叱責の声が僕達の会話を途切れさせた。

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