喪男同志お出掛けですよ

 僕は意気揚々とゲームショウに出掛け、そして自分への自信と新作ゲームのコードを手に入れたのに、自由をその日から失ってしまった。

 鬱な僕が一人でお出掛けできたその日に、僕と間違われた人が殺されたのだから仕方ないともいえる。


 いや、僕から盗んだコートを着こみ、僕と間違われて背中から刺されたと聞くに、それは自業自得で因果応報だとしか思えない。

 泥棒はいけないのだ。


 ただし、警察から身元確認の連絡を受けた良純和尚の驚きはいかほどだったかと考えると、この僕への過保護は仕方ないのかな。

 否、彼が警察から連絡を受けて驚いた、なんて絶対にありえない。

 だって良純和尚は僕が乗った電車を見送った後、僕の親族で警備会社を経営する長柄ながえ裕也ゆうやに急ぎ連絡を取ったのだ。


 何も知らない僕は会場まで長柄の手の者に監視されエスコートされ、ゲームショウの景品なども忖度(裕也の会社が協賛してた!!)で色々貰え、果てはおやつに夕飯にと裕也に奢って貰った一日だったのである。つまり、ベビーシッターに預けられた赤ん坊と同じぐらい、その日の僕の身に何かが起きる可能性などなかったのだ。


 さて話は戻すが、泥棒だろうが僕と間違われた人が死んでいる。

 目標が僕だったと聞いても目標の僕はピンと来ないのだが、以降の良純和尚は僕に一層過保護となった。最近では財布もスマートフォンも奪われて、三か所しか電話できない子供用携帯しか持たせてくれない。


 違った。

 良純和尚が奪ったのは財布だけだ。

 楊がスマートフォンこそ危険だと僕から奪い、僕の携帯代を払っている良純和尚が楊の処置に対して何の異も唱えなかっただけである。

 なんて非道な人達なのだろう。


 そして仲良くスマートフォンを覗きあって当事者の僕をそっちのけであれやこれやと話し合っている二人の姿に、彼らが高校時代に口を一切利かない仲であったと誰が信じるだろうか。

 そんな話を聞いたのは、僕が良純和尚宅に居座るようになった一月の末頃かな。


「え?高校時代は仲が悪かったんですか?」


 僕も初めて聞いた時は自分の耳を疑い、鬱のくせにアグレッシブに楊に聞き直した、そのぐらい驚いたのだと思い出す。

 その時の楊は珍しく僕の質問を避けたい顔をして、反対に良純和尚が軽やかに笑ったのも不思議だった。


「こいつは男子に絶大な人気者で、俺と親友の鈴木が男子連中の嫌われ者だったってだけだ。鈴木がお前と似て揶揄われ易かったからね、こいつが俺達に関るなって男子に注意していただけだよ」


「やっぱかわちゃんていい人なんですね」


「考え無しだよ。俺が余計を言ったせいでね、今度はハブられたっぽいからさ」


「ハハハ。何度も言うが、俺も鈴木もお前らがどうとか、全く気が付いてもいなかったから気にするな。俺も鈴木もさ、女子と遊びまくってたからハブになんかなってないって」


「あ、かわちゃん達は、察し」


「すんなよ、馬鹿。悪かったな。今も昔も喪の大将でよ」


 高校時代の楊と良純和尚に友情が芽生えなかった理由、僕はとっても納得だ。

 そこで知った悲しい事だが、高校時代の良純和尚と親友だった鈴木という人は、大学一年となった夏に亡くなっている。それでもってその時に教えてもらったのだが、良純和尚が仏門にくだったのは、その鈴木君を弔うためだということらしい。


 ここはとても不思議で僕には信じられない。

 なぜかというと、僕は良純和尚が神や仏を信じているとは決して思えないのだ。


 僕が首を傾げている横で、楊がいつもと違う声で良純和尚に言い返していた。

 いつもの明るい軽い声でなく、少々擦れた低い声だ。


「それでも俺のせいなんだよ」


「まだ言っているのか。お前しつこいよな。女々しい?クロを可愛がる訳がわかったよ。お前等ぐじぐじ無意味な事で悩むからな」


 なんてひどい言い方だと思いながらも、彼が僕をクロと呼ぶことにはほわっと嬉しさがこみ上げていた。

 僕は以前は武本と呼び捨てだったのだが、最近は良純和尚からクロと呼ばれるようになっているのだ。

 僕が百目鬼組の完全な一員になったから、ということらしい。


 僕がそれを聞いてどれほど喜んだのか、きっと彼は知らないだろう。

 僕の両親は記憶を失った僕が以前と別人にしか見えないのか、僕がそこにいるのにいないように振舞う。僕が家に帰らなければ、まるで遺品を整理するように僕の持ち物を処分してしまうのだ。


 実家に残された僕の持ち物は、祖母が高校の入学祝に買ってくれたデスクトップとモニターに、小学校の卒業アルバムだけだ。

 彼らは小学生の頃に殺された玄人を偲んでいるのだ、きっと。

 そこに玄人が載ってもいないというアルバムでもあるのだが。


「うるせぇよ。お前にはもうちょっと情緒ってやつが無いのかよ」


 その日の僕の物思いは楊の良純和尚への怒号で消え去った。

 二人は何時もの、うるせぇな、うるさいよ、の子供のような喧嘩を始め、僕はそれをにやにやしながら楽しんだのだ。

 その後は何時ものように気分転換を主張する楊にカラオケに連れて行かれて更に飲んで、僕らは全員ろくでなしの酔っ払いに仕上がって、終いには皆で良純宅に戻っての雑魚寝だ。

 昨夜のように。


 ああ、と大きな溜息が零れた。

 彼らに連れまわされることが友人のいない僕には実に楽しい事でもあるのだけれども、三時過ぎに床についての朝の七時起きは、友達などいらないと思える苦行にしかならないのである。


 ゲームショウの前夜は翌朝の四時に起きるからと、僕は夜の九時半に寝るという準備をしたっていうのに!


 僕がジトっとした目で楊を盗み見ると、良純和尚共々姿が見えなくなっていた。

 彼らはいつの間にか居間の外へと移動していたらしい。


「ちび。俺達は出るから早くこっち来て」


「玄関?ちょっと待ってください」


「俺はもう一眠りするから、お前らがちゃんと鍵をかけて出て行けよ」


「え、和尚様。朝のお務めは?もうお天道様が高ーく昇っていますよ」


「うるせぇよ。俺がしたい時が朝のお務めだ」


 良純和尚は楊のからかいに僧侶らしくない返しをすると、見送りもせずに階段を上がって自室に行ってしまったようだ。

 ふぅと大きな諦めの息を吐き、僕はのそのそと玄関へと向かった。

 こんな人達のお陰で僕は成長した。

 僕は彼らにどんなに連れまわされようとも逃げはしないが、そこがどこなのか一切住所を知ろうとしない事に決めたのだ。


 これならどんな遠くに連れ去られようが、彼らは僕を見捨てることが出来ない。

 良純和尚のコバンザメとして生きる事に決めた僕は、彼らよりも卑怯者なのだ。

 合鍵で良純宅の玄関に鍵を掛ける楊の姿に、僕は合鍵も取り上げられたのにと、半人前でいようと決めた自分でありながら信頼されない寂しさも湧き出ていたが。

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