第三話 交差点

 最初の街、リストーフ。

 交通の要で、家の数よりも宿の数が多く、それ故商業が発展しておりウンタラカンタラ……というアリスの説明を流し聞きつつ、零はリスポーン地点を更新した。

 世界観に関する情報はアイツが一番詳しいはずだし、ソイツは零が呼ばなくても近くにいる。わからないことがあれば聞けば良いのである。その人脈が零にはある。

 問題は、その人脈フレンドリストが空っぽになったことだ。


「アリス」

「どうしたの?」

「人探ししてくる。何かやりたいことはあるか?」

「そうね……それじゃあ、私も友だちに会ってこようかしら」

「わかった。また後で」

「ええ、また後で」


 約束を交わし、零は彼女に背を向けた。

 さて、世界にはいろいろな人がいる。つまりはいろいろな職がある。その中には、表には出られないような職に就いている人もいるわけだ。そして、そういう奴らは大体、路地裏に住んでいることが多い。

 というわけで、街に来て早々裏路地に足を踏み入れた零は、度々左手を握り込みながら──名前と職を見ながら──「彼」に通じる人を探していた。


 しかし、そこにいるのはカーソルが水色の人間ばかりで、プレイヤーは一人もいない。裏路地を三個ばかり潰したところで、零は自分から探すことを諦めた。

 視点を変える。どうせ向こうは筋金入りの────なんだから、見つけた時点で話しかけに来るに違いない。

 そうと決まれば早速薄暗い場所から出て、大通りを歩き回るに限る。


 道の端で立ち止まりマップを広げると、見慣れないアイコンが四つ、通りの先に並んでいることに気がついた。探し人がてら行ってみるかと、零はそのうちのひとつを目的地に設定し歩き始めた。

 大通りを歩きながら零は、人々の声に耳を澄ませた。聞こえてくるのはかつてと変わりのない、モンスターへの愚痴や装備の話、それからこの状況に対する文句。


(……元プレイヤーだけじゃない?)


 零は「当時」の状況を知らない。気がついたら世界ゲームの中にいて、目の前にアリスがいた。それよりも前、特に直前の記憶なんて覚えちゃいなかった。零はそれをバグ発生に伴う記憶処理のため(アリスからちらっと聞いただけなので合っているかはわからない)だと考えている。

 だが、明らかにこの世界の話ではない話には、「長い地震」だの「天変地異」だのという単語が高頻度で混じっていた。聞き取れる、イコール日本語であると仮定して話を進めるが、だとすれば。


(好き好んで世界に身を投じるゲーマーだけじゃない、そもそもゲームに触れたことすらない一般人だってこの世界にいる……?)


 もしくは日本、ともすればこの世界ゲームに飲み込まれているかもしれない。

 それだけ大量の人を巻き込んで、一体何がしたいのか──


「あれ? レイ様?」

「あ、ギンガ」


 取り留めのない思考は、探し人に出会ったことで中断された。

 視線カーソルを合わせなくても、彼が探し人であることは一目瞭然だった。

 淡い緑色の髪と、本人曰く蒲公英たんぽぽ色の彩度の高い黄色の瞳、それから己よりも頭一つ分くらいは高い身長。かの世界で、比喩なしに一日一回は見た腹心。

 名前を、ギンガという。


「如何致しましたか、こんなところで」

「お前を探していた」

「え、ホントですか!? 勿体なき御言葉でございます。……あ、録音したいのでもう一度言って頂いても?」


 「記者」専用アイテム、ボイスレコーダーをインベントリから取り出すその目は本気マジだ。

 零はそれをスルーし、用件を告げる。彼の特殊行動ヲタク趣味は今に始まったことではないので。


「カーソルが紫色のNPCについて、知っていることはあるか?」

「……なるほど。俺もそこまで詳しく調べられてはいないんですが」


 まるで予定通りとでも言うようにギンガはボイスレコーダーをインベントリにしまい、ぴりりと表情を引き締めて言葉を続けた。


「紫カーソルのNPCは全部で七人。その誰もが『行人』であり──まあ、メタ的に言ってしまえば『運営側のNPC』ですね。現在は『七大罪』それぞれにひとりずつ着いているらしいですが未確認です。役割はバグや不具合の発見と、自陣営への勧誘だそうです。こちらも行動が確認できていないため、真偽の程は不明ですが」


 彼は情報屋だ。仕事が早く、余計な詮索をせず、常に適正価格で取引をする、とある一点を除けば完璧と言っても差し支えないほどの仕事ぶりの。しかしその「ある一点」が莫大なマイナス点を稼いでいるため、現在は専ら零専属の情報屋となっていた。


「わかった。それと、程よく簡潔に世界観がわかる説明を頼む」

「承りました、今ですか?」

「そこまで急いではいない。時間のあるときに少しずつ進めておいてくれ」

「畏まりました。……して、報酬は?」

「いつも通りに」

「ありがとうございます!」

「……それじゃ、」

「あぁ、ちょっと待ってください」


 零は踵を返そうとしたが、ギンガに引き止められ動きを止める。彼は瞳をキラキラと輝かせ、感情を隠しきれない声音で言った。


「もし本日の宿をまだ取っていないようでしたら、おすすめの宿屋があるんですけれども如何でしょうか?」


 「こういうところ」だよなぁ、と零は思う。「こういうところ」が無ければ、顔も頭も良いハイスペックな人になったはずだったのだろう。

 実際はそんなことはないので、その辺でバランスを取っているのかもしれない。


「……行こう」


 宿屋の場所も、街の地理さえも知らない零は、その言葉に裏があると知りつつも誘いに乗った。


「はい! こちらです」


 ニコニコと笑顔で先導する彼は全くの通常運転で、かつての日常が少しだけ戻ってきたことに、零は密かに安堵した。


 太陽が半分ほど地面に沈み、訪れる夜に備える頃のことだった。






 それは何の変哲もない日常、だったはずだった。


勇樹ゆうき、まだ?」

『ちょっと待ってよ、千輝ちか。電話もらったのたったの3分前なんだからさぁ!?』

「遅い、俺は40秒で支度した^^」

勝人まさとが早すぎるだけだろそれ! まったくもう……支度できたよ、行こうか」

「いえーい、久しぶりの遊園地」

「もうちょっとテンション上げて喋れないの、それ」

「諦めな勇樹、千輝はこういう女でしょ」

「まあ確かに」

「なにか言った?」

「「いや何も」」


 ──いつものように出かけて。


「人でいっぱい」

「予約したから……僕らの入り口はあっちだよ」

「ゴチになります」

「いや後でちゃんと請求するからね!?」

「勇樹、千輝、漫才してないで行くよー」

「「はーい」」


 ──いつものように会話して。


「わ……地震?」

「や、ちょ、デカくね?」

「とりあえず、ふたりともしゃがんで。頭を守って」

「あ、はい」

「頼りになる。さすが勝人、略してさす

「冗談言えるなら俺いなくても問題ないかな、千輝?」

「ごめんなさい」


 今まで通りの日常が続くと、思ってたんだ。


「……長い」

「また人工地震だー、とか言われない?」

「出た陰謀論。ジョークとしてはまずまず」

「わかる、毎回着眼点こじつけが面白い」

「あれ、本気で言ってるらしい」

「えーマジー? 頭悪ーい」

「勇樹。無理やり現代っ子感出さなくていい」

「僕ら、現代っ子そのもののはずなんだけど……」

「勇樹、千輝。手を出してください」

「え、急に? いいけど、なんで? あと敬語」

「あぁごめん、スイッチ入っちゃって……これ、の感覚に似てる。ええっと……だから、揺れてるのは世界じゃなくて

「なるほど? 脳が揺れてると勘違いしてる」

「千輝正解。それと……」


 その後は続かなかった。

 突然目の前が真っ暗になった。ガツンと殴られたような感覚に、両手を強く握りしめる。


 ──このふたりまで、奪わないで。


 そして、五感が途絶えた。






───────

第一章は「零」「アリス」「ギンガ」の三人がわかっていれば大丈夫です。

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