第二話 井蛙は身を以て大海を知る

 つまらない作業はカットです。

 ひたすら炎の玉と矢を飛ばして丸っこい豚さんを虐殺する光景なんて誰も見たくないだろうし。

 おかげでスキルレベルはマックス、職業レベルも十まで上げてなお余り有る経験値を手に入れることができた。これで当分は困らないだろう。


 唯一登録されているセーブポイントに帰ると、その音を聞きつけたのか彼女がくるりと振り向いた。


「おかえりなさい」


 紫色のカーソルを頭上に持つ少女、アリスはそう言ってにこりと微笑む。短く切りそろえられた金髪、青いエプロンドレスに白と黒のボーダー柄のニーハイソックスの組み合わせ。それから頭上に表示された名前は、ある童話の主人公を彷彿とさせる。


「ただいま。アリス」

「お疲れ様、戦績はどんな感じ?」

「十分な量を集められた」

「そう、それは良かったわ」


 にこりと赤い目を細めて微笑む彼女は、プレイヤーではない。プレイヤーならばカーソルは緑色であるはずだからだ。

 彼女が零に近づくと、彼の目の前にシステムウィンドウがポップした。


◯「情熱と勇気の少女」アリスからパーティ申請が届きました。受諾しますか?

・はい

・いいえ


 零が流れるように「はい」を押すと、自分のHPバーの下にアリスのHPバーが出現した。それをちらりと一瞥し、零は短く言った。


「行こう」

「わかったわ」


 目の前にシステムウィンドウが開き、空中にアナウンスが響く。


 『ストーリークエスト:井蛙せいあは身を以て大海を知る を開始します』



 セプテントリオンのクエストシステムはごく単純だ。

 NPCから話を聞き、マップに表示されたクエストアイコンの下へ向かう、それだけ。その内容がモンスターの討伐だったり薬草の採集だったりといろいろ種類があるだけだ。

 それはディスプレイを用いたゲームによくある手法で、アンチなどからはリアリティがないと批評を受けたものの、多くのプレイヤーからはストレスフリーであると好評だった。

 そして、この世界ももちろんそのシステムを受け継いでいる。


「『空井戸の森』、ね」


 初期リスから南に十分ほど歩くと、視界の右上にあったマップ名が切り替わった。それを口に出しながら、零は代わり映えのしない出現モンスターを観察する。白色のカーソルとともに出現した名前はニュービーピッグ。向こうの草原にも湧いていた初心者用のモンスターだ。草原の個体よりも平均レベルが高いようで、五よりも高いレベルの子豚がちらほら見える。


「ここはその昔良質な水が採れた地域だったのだけれど、あの草原が『怠惰』に侵されてから地下水が流れなくなってしまって、人間に見放されたと聞いているわ」

「……その説明だとオレが原因みたいになるな」

「大丈夫よ、『心無き』でも源流と行人こうじんの違いくらいわかるもの。噂もなしに結びつける人はいないわ。……さて、着いたわよ」


 これまたディスプレイ・ゲームにありがちな、いかにも「ボスに続いています」と主張している大きな道と、その先にある広い空間。

 間違いなく、このフィールドのボスエリアだ。


「ああ。……そうだな」


 零は少しの間目をつぶって考え、


「中に入ったらアリスは入口で待っていてくれ」

「ひとりで大丈夫?」

「何とかなるだろ」


 クリティカルが出れば。

 ちなみに先ほどステータスをちらりと見たが会心率は29パーセントだった、ワンチャンある。


「そう。それじゃあ、情報だけ渡しておくわね。モンスターの名前は『セイアボタン』。属性は自然と物理、スキルは三種類。予備動作が大きいから……まあ何とかなるんじゃないかしら」

「ん、サンキュ」


 それじゃあ行きますか。




 アリスを入口に配置して慎重に進むと、五メートルもしないうちにフィールドの中央にポリゴンが集まり、マンモスみたいな牙を持つ巨大な猪を形作った。巨大な獣型ボスお決まりのドでかい咆哮を耳を塞いで防ぎ、雰囲気に呑まれないためにひとつ呟いた。


「牡丹は牡丹でも比喩の方か」


 コイツからは肉がドロップする。そう確信した零は作戦を切り替え、右手をぐっと握り込んだ。そして弓を引くように左手を前に、右手を肩に近づける。

 氷属性、単体直線型の魔法”アイスショット”の発生コマンド。


「弱点は1.2倍だったっけ」


 微々たるものと言ったらそれまでだけれど、その微々たるものが重要視されてくるのがMMOというもの。

 右手を開くと、フィールドを真っ二つに切るように氷でできた矢が飛んでいく。突進の準備中だったセイアボタン……猪は真正面に攻撃を喰らい、そのHPを大きく減らした。残りは半分強、といったところだろうか。


「“アイスボール”」


 “アイスショット”のクールタイムを待ちがてら、もう一つの氷属性魔法を、今度は詠唱して放つ。こちらは少し威力が弱いが、それでも少なくない量のダメージが入り、もうあの猪は最初のHPの五分の一ほどしかない。

 最後にもう一度“アイスショット”を放てば、あの猪は大きな断末魔を残してポリゴンになった。最後のショットはクリティカルが発生したらしい、953ダメージとかいう下手したら一撃で沈ませかねない威力が出ていた。


 猪が消えるとともに視界にはシステムウィンドウが出現し、大量の経験値と少しレア度の高い強化素材、それからお目当ての肉と、牙、そして「ソロプレイヤー」なる称号を手に入れたことを知らせてくれた。効果は全ステータスとHPがプラス一となかなか強い。けれど今つけているレア11のものより明らかに弱いのでスルー。


 端で零の戦いを見ていたアリスが、近くまでやってきて言った。


「お疲れ様……とも言いづらいわね」

「まあ、社交辞令みたいなものだろ」

「そうね。それじゃあお疲れ様。とりあえず今のうちに街まで移動しちゃいましょうか、そろそろ暗くなって来るもの」

「了解」


 二人は猪によって封鎖されていた道を通って、次の街へ歩き始めた。




───

◯セイアボタン

分類:動物

属性:自然、物理

弱点:氷、炎

耐性:水、雷、光

経験値:20575


Lv.10

HP:1060

MP:1060

SP:1045


STR:640

VIT:645

INT:640

RES:640

DEX:630

AJI:640

LUC:60


<スキル>

・突進

・薙ぎ払い

・ストンプ


 かつては幼くして行人と認められるほどの「勤勉」さを持っていたが、「勤勉」が「信仰」に吸収された際に「怠惰」に堕ちた。現在はかつての面影をなくし、自身を頂点とした小さなコミュニティーの中で威張って暮らしている。配下のように見えるニュービーピッグは自身の幼い姿のようで見ていてイライラするので、見かけるたびに牙でしばき回す。


─────

思ったより零が強くて戦闘があっさり終わっちゃった……

次回、新キャラ登場! お楽しみに!

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