第四話 夢追い人

「……夢、か」


 雲一つない快晴の空、チュンチュンと鳴く朝告げ雀モーニンスパローの声に、先程までの光景が夢であったと悟った。

 朝告げ雀は人に害を及ぼさない珍しいモンスターで、ほとんどの街で見ることができる。ただ生息している地域の気候によって鳴き声が違うので、各地の朝告げ雀をコレクションしている富豪も存在する……と、脳内に保存されている知識を呼び起こしながら、ギンガ──リアルネームを赤城あかぎ勝人まさとという少年はメニューを開いた。

 インベントリから手鏡を取り出して覗き込む。そこに映る己は濡烏色ではなく淡緑色の髪、瞳も漆黒ではなく蒲公英色をしている。唯一肌の色だけが現実世界と同じ色だが、しかしこれも日に焼けることはないのだと思うと少し恋しく思う気持ちもある。


(……まあ、現実世界に居ちゃレイ様と一緒に行動なんてできないし、別にいいんだけど)


 勝人にとって、零はいわゆる「推し」にあたる。

 まだ初心者だった頃に彼に窮地を助けられて以来、ずっと彼を追いかけてきた。着いたあだ名は「ストーカー」。情報の対価にレイアースの写真を求めるほどには執着しているし、その自覚もある。この世界に来て一番ショックだったことは秘蔵の「レイアース・ヒュドール非公式写真集」が最新版であるvol.19まで全て(というか所持していたアイテムが全て)失くなったことである。

 ショックで立ち上がれなかった日もあったけど、私は元気です──と、誰に言うでもない言い訳を心のなかで唱えつつ、勝人は手鏡をインベントリにしまった。


(さて、と。レイ様はもう起きてるだろうし……ふたりにはレベル上げするように言ってあるし、俺はレイ様に頼まれたことしますか)


 昨日の時点でレベル五だったから、今日一日頑張ればレベル十にはなるだろうか。「戦士」と「僧侶」というサポート系の職業なのでレベルが上げづらいだろうが、そう忠告したにも関わらず選んだのだから頑張ってほしい。


 そう考えながら部屋を出て、受付にいるお姉さんに一声かけてから宿から出た。

 「無印」の頃の宿は単なるログイン・ログアウト施設だったのに(しかもあまり使われていなかった)、こうも重要施設になるとは。NPCたちに聞き込みをしたところ「野宿は野盗やスリに襲われるし危険だ」という話があったので、郷に入ってはなんとやら、と宿を取ることにした。同じ話を聞いていた他のプレイヤーが道の向こうで怒鳴り散らしているのがうっすらと聞こえるから、その選択は正解だったのだろう。


 脳内のやることリストに「NPCのAIレベル調査」を書き加え、勝人は冒険ギルドが所有する図書館に向かった。



 この世界は、「イデア」と呼ばれる神のような存在の影響を強く受けている。イデアはイデア界にのみ存在でき、直接こちらの世界に干渉してくることはないが、人の感情や思考に反応して影響を拡げる。例えば、大抵の場合花は美しく咲くが、これは「美しい花を咲かせたい」という人の感情に「美」のイデアが反応したからである。

 イデアは、現実への影響が増すほど。大きいイデアは、似た性質を持つ小さいイデアを吸収する習性がある。

 現在確認されている一番大きなイデアは「正義」。

 また、個人が強い感情を抱いた場合、その人の前に「道」が示されることがある。これは「運命の道」、あるいは単に「運命」と呼ばれ、その道を行く人を「行人」と呼ぶ。行人はイデアの力を少しだけ借りることができる。そのため、普通の人よりも強い力を持つ。

 また、イデアは……



 零は目の前に立つ情報屋を半眼で見上げた。勝人ギンガが満面の笑みで立っている。手元の紙を見下ろしてため息をひとつ。

 紙一枚にまとめられた世界の仕組みをインベントリにしまった後、零は呆れたように言った。


「ご苦労」

「ふふ、必要な情報があれば何でもおっしゃってくださいね」


 どこから集めてくるんだか、と嘆息を漏らしつつ、零はじとりとした目で彼を見上げる。

 たとえ描画されなかったとしても、「それ」は如実に現れるのである。


「で? 何時間かかった?」


 情報のソースは色々あるのだろうが、紙に書かれていた情報の中にはメタ的な情報も入っている。一朝一夕で得られるようなものではあるまい。


「……およそ、五時間くらい」

「お前さ」

「はい」

「仕事しすぎ」

「……はい」


 零はわかっている。十時間というのは、情報を集めて纏めた時間であることを。

 「ちょっと引っかかるキーワードっぽい単語を調べるために有識者っぽい人と話をするために人々の信頼を得るためにこなした雑用やクエストを進めた時間」、つまり「情報を得るために使った時間」は含まれていない。

 さらに言えば、メインメニューの右上に表示されている今の時間によると、今から五時間前といえばド深夜である。現在時刻は朝の六時より少し前。依頼されてからおよそ36時間後の出来事であった。


「前も言ったと思うけど。オレの依頼こんなもんより優先すること沢山あるから。今のステータス補正は?」


 「嫉妬」のユニーク称号の効果は全ステータスの増加。トッププレイヤーとステータス差が離れているほどその増加量は多くなり、ステータス差が少ないほどMP及びSP量が増加するという破格の性能を持つ。

 そして、彼の場合、ステータス補正が多いほど(言い方は悪いが)、ということになる。


「……プラス30ほどです」

「ってことはレベル五個くらい、あぁスキルレベルあるからもう少し小さいか。でもまだ街中駆けずり回るほかのことする段階じゃないだろ」

「……です」

「つーわけで、今後は控えるように。それと今日は休暇、少なくとも六時間は寝てから出直してこい」


 その顔色を見たら真夜中まで無理をしていたことは明白なのである。


「畏まりました。あ、レイ様、紙にちょろっと書いたのですけれども、イデアの観測、今ちょっとやってみませんか?」


 イデアの観測……と、この世界寄りの言葉を使っているが、要はだろう。

 零が王冠とマントの表示を有効にすると、勝人もアバターを変えた。


「……

。大いなる理想イデアの導きがあらんことを、ただ祈る」


 零は胸に手を当て、ギンガは零に跪く。

 その時、システム時間が六時ぴったりを示し、宙に大きな鐘の音が鳴り響いた。


『プレイヤーの皆様にお知らせいたします。本日から1週間後、リストーフにて、イベント「狂走と凶行」を開始いたします。繰り返します──』


 そして、二人の姿が消えた。


─────

4/25:イベント名を「狂走と凶行」に変更

5/20:イデアの最大勢力を「正義」に変更

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