⑥
それ以来、私はシオリさんの弟になった。
シオリさんは、自分の部屋の隣に私の部屋を用意してくれた。といっても、いつもシオリさんに呼ばれるか、シオリさんが訪ねてくるから、家でのひとりの時間はお風呂とトイレ、あとは寝るときくらいだ。
部屋に外から鍵をかけられていたのは最初の数ヶ月だけだった。もう鍵はいらない、とシオリさんは思ったのだろう。
自分の部屋が一階なのは、塀のせいで外から見えないからだと気付いたのもそのころだったが、もうどうでもよくなっていた。
大きなベッド。シオリさんが買ってくれた本やマンガが並べられていく本棚。漢字には、シオリさんがひとつひとつフリガナをふってくれている。毎日出されるお菓子。紅茶。ジュース。
それ以上何がいるだろう。
いつも遊んでいたあの公園には行かなくなった。外で遊ぶときは、電車で数駅離れたところにある公園に行くようになった。
電車賃は、いつもシオリさんが持っている。
警察が来るんじゃないかと思ったときもあったけど、ついに来なかった。捜索願なんて出されなかったのかもしれないし、知らないうちにシオリさんが対応したのかもしれない。
あの地下室を見てから、何年経ったか分からない。
話し相手がシオリさんしかいないから、シオリさんにつられて、「僕」ではなく「私」と自分を呼ぶようになった。そのたびに、シオリさんは怒った。
「『僕』、でしょ。ううん、違うかな。あなたくらいの年になるとね、そろそろ自分を『俺』って呼びだすみたい。だから、『俺』ね。『僕』より男の子っぽい。すてきだな。ね、『俺』。言ってみて」
おれ、と言う。シオリさんは笑う。
シオリさんはユウくん、と「俺」を呼ぶ。「俺」は、「お姉ちゃん」と返す。
「私」は――
「僕」は――
「俺」――
「俺」は――
赤居シオリの弟だ。
今日も「お姉ちゃん」と電車に乗って、公園で遊んで、日が暮れるころ、「赤居」という表札のかかった家に帰る。
ねぇユウくん、シードケーキ食べようか。
うん。俺、シードケーキ好き。
ブランコは揺れる、シードケーキはおいしい 北沢陶 @gwynt2311
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