⑤
床しか見られない。濃い血のにおいがする。ふぅ、という、走ったあとのようなため息が聞こえた。シオリさんのつま先、赤いつま先が、目に入ってくる。
「終わったよ。処理はあとでやるね」
顔を上げられない。私の手を、シオリさんがそっと取る。ねとりとした感触。血が私の手まで赤くぬらす。
「ずっと探してたんだ。弟になってくれる子。私と遊んで、いっしょにお菓子を食べる、かわいい弟」
シオリさんがささやいた。
「ねえ、ユウちゃん」
私の弟になってくれる?
その声だけが聞こえて、握られた手の感触が気持ち悪くて、身体の震えをおさえきれずに、絞り出す、
「ぼ……僕は、いや、だ」
手を握る力が、すこし強くなった。
「どうして? ユウちゃんは男の子じゃない。なれるよ」
ぎり、と音がするくらい、シオリさんが指にこめた力が強くなる。
それに、と優しく続ける。
「私と遊んで楽しかったでしょ? シードケーキはおいしかったでしょ? この家はあなたのアパートよりよっぽど広くて素敵でしょ?」
私のことが好きでしょ?
ぽたりと、赤いものが、視界に映ったハンマーから落ちた。
私はもう、何も分からなくなって、手をつかまれて、ほとんど引きずられて歩き、シオリさんが扉を開ける音がして、階段を上がる足も力が入らなくて、つまずいて、よろめいて、階段を転げ落ちそうになり、落ちたい、いっそ落ちたい、と思ったけれど、シオリさんが私を抱きとめて、べちょ、というぬれた感触が胸とお腹に広がって、シオリさんが耳元でささやいた。
「私の部屋に戻ろう。まだ、シードケーキが残ってるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます