床しか見られない。濃い血のにおいがする。ふぅ、という、走ったあとのようなため息が聞こえた。シオリさんのつま先、赤いつま先が、目に入ってくる。

「終わったよ。処理はあとでやるね」


 顔を上げられない。私の手を、シオリさんがそっと取る。ねとりとした感触。血が私の手まで赤くぬらす。


「ずっと探してたんだ。弟になってくれる子。私と遊んで、いっしょにお菓子を食べる、かわいい弟」

 シオリさんがささやいた。

「ねえ、ユウちゃん」


 私の弟になってくれる?


 その声だけが聞こえて、握られた手の感触が気持ち悪くて、身体の震えをおさえきれずに、絞り出す、


「ぼ……は、いや、だ」

 手を握る力が、すこし強くなった。


「どうして? 。なれるよ」


 ぎり、と音がするくらい、シオリさんが指にこめた力が強くなる。

 それに、と優しく続ける。

「私と遊んで楽しかったでしょ? シードケーキはおいしかったでしょ? この家はあなたのアパートよりよっぽど広くて素敵でしょ?」

 私のことが好きでしょ?


 ぽたりと、赤いものが、視界に映ったハンマーから落ちた。


 私はもう、何も分からなくなって、手をつかまれて、ほとんど引きずられて歩き、シオリさんが扉を開ける音がして、階段を上がる足も力が入らなくて、つまずいて、よろめいて、階段を転げ落ちそうになり、落ちたい、いっそ落ちたい、と思ったけれど、シオリさんが私を抱きとめて、べちょ、というぬれた感触が胸とお腹に広がって、シオリさんが耳元でささやいた。


「私の部屋に戻ろう。まだ、シードケーキが残ってるよ」

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