③
さっきより近くなっている気がする。玄関の柵ではない、のかもしれない。それか風向きが変わったのだろうか。
「どうしたの?」
「あの……」自分の耳を疑いながら言う。「また、さっきのが聞こえた気がして。きい、って」
シオリさんは白いカーテンのかかった窓の外を見た。
「雨樋かなぁ。あそこも直してないんだよね。古い家だから、あちこち直すところがあるんだけど、追いつかなくて」
気にしないで、すぐ直させるから、とシオリさんは手を振る。そうですか、としか返せなかった。
「シードケーキ、まだあるんだ。食べる?」
勢いよくうなずく。あれならいくらでも食べたい。
じゃあお茶も淹れ直してくるね、とお盆を持って、シオリさんは部屋を出て行った。
五分。十分。
シオリさんは戻ってこなかった。かわいらしいデザインの壁掛け時計をいくら眺めても、足音すら聞こえてこない。
紅茶がなくなったのか、ケーキがなくなっていたから、代わりを探しているのか。そう考えて待っていても、十五分を過ぎたあたりで、少し不安になってきた。そっと部屋のドアを開ける。すぐそこに見える扉は閉まっていて、磨りガラスの向こうには何の気配もない。
一応声をかけて、中をのぞいてみた。だだっ広いダイニングと、どうやらキッチンに続くらしい扉が右にある。シオリさんがいるなら、そこのはずだ。
暖炉のあるダイニングをこわごわと横切り、キッチンの前で再び声をかける。シオリさん。
返事はなかった。
何かを買いに出かけたのだろうか。一言くらい言ってくれればいいのに。
きい。
音がした。今度は、方向がはっきり分かった。ダイニングの外だ。
ダイニングを出て左、シオリさんの部屋の向かいに廊下があることに気付いた。音は廊下の奥のほうから聞こえてきたはずだ。突き当たりには扉がひとつ、明かりのない中でぼんやりと見える。
「シオリさん?」
呼びかけてみたが、返事もない。私はそっと、廊下を進んだ。音が家の中から聞こえてくるなら、シオリさんがそこにいるかもしれない。雨樋か何か、また修理しなきゃいけないところに気付いて、様子を見に行ったのかもしれない。
十歩ほど歩くと、扉に行き当たった。近くで見てみて、初めて気付いた。
シオリさんの家の、ほかの扉と違う。金属の、おそらく鉄の、重そうな扉だ。
きい、という音は、扉のせいだろうか。シオリさんが開け閉めしたのだろうか。
シオリさんが見つからないと落ち着かない。私は思いきって扉を開けた。鍵はかかっていなかったけれど、想像通り、力をこめてこちら側に引かないと開かないくらい重かった。
けれども開けても、きい、という音はしなかった。
後ろめたい気がしながらも足を踏み出す。冷たい鉄の扉をゆっくり、ゆっくりと閉めた。薄暗い。換気されていない空気が重くよどんでいて、こころなしか少し寒かった。
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