まともな人

コーダ チサキ

第1話 電車と酒

自分のことをまともな人間だと思っている。

でも、「私はまともです」と口に出して言うと一気にまともじゃない感じがする。

普通まともな人間は、明らかな“まともじゃない”のボーダーの手前側に位置しており、そこから認知できるのは“まともじゃない”側のほうだけだからだと思う。


先日旅行からの帰路でターミナル駅から電車に乗った時、チューハイの缶をもったおじいさんがいた。

電車はもうすぐ発車しそうで、私は一番近くのドアから乗り込み、少しでも乗り換えに便利な車両まで行こうと移動していた。

キャリーケースを持っていたので、ドア横のスペースがいいな、立ちやすいし、と空いているところを探していた。あ、あそこ空いてる、と移動しようと思ったらその反対側にコンビニの袋に包んだ、でも確かにチューハイであるとわかる缶を持ったおじいさんがいた。優先席のしきりにもたれるようにして立っていた。

時間は20時くらいだった。席は埋まっていたけれど休日だったので車内は混んでるほどではなかった。

多分帰るだけの人が多いからか、ゆるい気の抜けた空気が漂っている車内で、その優先席付近だけがちょっとピリッとした、それでいて湿度が少しだけ高いような空気感があった。自然とみんな距離をとっている。

私は移動するのをやめて、席に座るカップルの前で立つことにした。

電車が発車する。

カシュッとプルタブで缶の封を切る音がした。

前のカップルは声を落として会話していた。眠たげだった。

電車のいつものリズムに揺られて、空気も平坦になっていく。

私は大体の帰宅時間を考えながら、ぼんやりとしていた。

突然、

「うるさいよ!」

と大きな声がした。チューハイの缶を持ったじじいだった。

「うるさいよ!大きな声出さないよ!」

と再度いった。

どうやら、優先席に座るこどもが泣いており、その声について言っているみたいだった。私はじじいが上げた声で初めてこどもが泣いていることに気づいた。それくらいの泣き声だった。

さっきまで優先席付近にだけ漂っていたピリッとした空気が2つ先のドアくらいまでさっと広がった。

じじいが発したのは上記2言だけだったけれど、車内の空気はしばらく気まずかった。前のカップルは話すのをやめて、靴先あたりをじっと見つめていた。

しばらくして、今度はこどもの笑い声がした。きゃっきゃっと笑っていた。

強いな、えらい。と思った。ごめんね、とも思った。変なじじいが絡んじゃってごめん。


この話、あるあるすぎるな。あるあるってことは、電車内で酒飲んでこどもに怒鳴る輩がたくさんいるってことだ。怖い。


就活をしていたとき、地方の会社に面接しに行った帰りの電車にも缶チューハイを飲んでいる大人がいた。

21時くらい。その時も始発駅で、だれもいない車内に列に並んでいた数人でぞろぞろと乗った。

みんな他人で、みんな疲れていた。

それぞれ距離をとって、座席も広い間隔をあけて座る。私はいつもの癖で端っこに座った。

対面の座席には、サラリーマンとOLが座る。と、OLは座った途端、パンプスを脱ぎふくらはぎを揉みだした。

サラリーマンも足元においた鞄から酒のロング缶を出し、携帯を片手に飲みだした。

家すぎる。

都会の電車で酒をもっていると一瞬ぴりつくのに、その隙すら与えないすばやい開栓だった。

二人とも周りに無関心で、でも息ぴったりの力の抜き方で空間として完成されていた。サラリーマンが鞄からロング缶をもう一本取り出し、私に差し出してくれていたら私も迷わず飲んでいただろう。

お泊り前提の宅飲みで、満腹の山も越えて「えーだれからお風呂入るー?」って言いあうくらいの力の抜け具合。

長い路線なので、これから1時間くらい彼らはずっと同じ席に座るのかもしれない。

もしかしたら、毎日同じ時間に同じメンツで数時間乗っていて、そうだとしたら、もうほぼ家みたいなものだから、この様子もうなずける。

無心で足を揉むOLの膝とサラリーマンが持つ汗をかいた缶を見ながら私は眠った。


路線によって飲んでるチューハイの種類も変わってくる気がする。

小田急は氷結とかレモンサワー系。

地元のJRはストロング系。

あなたの最寄りの路線で飲まれているチューハイはどんなのが多いですか?

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まともな人 コーダ チサキ @ukiii5153

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