第19話 食堂車を用意する側の主張
「折角ですので、食堂車につきまして、私ども国鉄側の主張もお聞きください。これはあくまでも私個人の見解でして、必ずしも国鉄本社の見解というわけではありませんが、うちの会社とそうずれているとは私自身は思っておりません」
さらに幾分の注文をし、さらにさらに、酒は進んでいる。
なかには、ビールを他の酒類に代えた人もいる。
川中氏は、学生時代から無類のビール好きである。
大学のあった地の近くのビール工場に仲間と見学に行っては、飲み放題とばかりによく飲んでいたとのこと。そんなわけで、ビール会社にも知人は多いという。
そんな人だけあって、まだまだ、ビールを飲みながらの話となった。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
食堂車ですけど、その舞台を用意するのは、宇都宮君のおられる食堂会社ではなくして、私ども、車両を提供する国鉄でございます。ええ(苦笑)。
先日の急行列車にしましても、新幹線にしましても、そりゃあ皆さん、そのような車両の代わりに寝台車でも座席車でもつないだ方が、運賃収入や特別料金の収入は増えますでしょ。寝台はいいから、食堂車に座って東京から岡山まで帰ってきますなんて言う人はいませんよ。いくらなんでも。まあ小一時間程度限度に飲食してというときには、あのスタッキングチェアーで十分ですけど、それでは目的地まで何時間もそこに座って移動といわれて、あなた、出来ますか、ってお話です。
それはともあれ、食堂車を皆さんにご用意するとなりますと、弊社としては、それで失う客数を上回る何かの価値があるか否かをシビアに問わざるを得ません。
何より、食堂車を弊社で直接と申しましても、そこまで手は回りませんもので、関連会社であれ、協力していただける業者様であれ、そちらさんがおられませんことには、いくらつなげておいても営業は実現できません。
今般の寝台電車特急はスピードアップ著しいですが、それ故に夜や朝の営業時間が短くなる傾向にございまして、これでは商売上がったりではないかと。
そうなれば、繋げていても営業は休止とせざるを得なくなりますよね。
現に、その兆候は出つつあります。
それから、もう一つは、人手不足です。
何と申しましても、食堂車で働く一番の主力の従業員は、宇都宮君のようなベテランの男性ではなく、高校を出て間もない若い女性たちです。
以前より、田舎から出てきた中卒の男女を「金の卵」と称して重宝されておりましたけど、今はさすがに中学だけではということで、高校まで通った若者をこれまた同じような形で雇用するという時代になっております。
それでは、食堂車の従業員として働くことを希望する若い女性が有り余るほどいるかと申しますと、そうでもなくなってきております。
たいして給料はよくないのに、あちこち移動しながら狭い列車に揺られて歩き回らされて。そんな重労働は、すでに敬遠されつつありますからね。
昔なら女の子は高校ぐらいと思っていた親御さんも、出来れば短大にでも行かせて花嫁修業をとかね、そういう時代ですよ、もはや。
そんな中、食堂車の業者様の中でも、じゃあ食堂車に乗ってもらえる社員を確保できるかというと、昔ほど簡単ではなくなっていると聞いております。
加えてわが社にしても、正直、特急や急行の「格」とか何とか、メンツのようなもの、あくまでも「ようなもの」ですよ(苦笑)、そんなもののためにわざわざ手間ヒマかかる食堂車をつけてなおかつ営業させろと言われましても、徐々に厳しくなりつつあるのが現状でございます。
飲み食いに目のない方でいらっしゃる真鍋先生や山藤さん、お話に聞くと堀田先生もそうとのことですけど、そういう「粋人(いきびと)」(苦笑)各位の御期待に添いかねる近未来となるように思えてならないのですよ、少なくとも私には。
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