第17話 食堂車の基本は、やっぱり、飯炊き!

「石炭レンジの火で火事など起こしたら、宇都宮さん、大事になりはしませんか?」

「ええ、堀田先生の御指摘の通りです。幸いこれまではそういう事故は起きておりませんが、なんせ、煙草の火の不始末による火事は、数年前に特急「富士」でも起きましたからね。あの列車の食堂車は電気レンジですし、火元が違うことも明らかでしたから、特に食堂車が叩かれなかったことは幸いでした」


「堀田先生、そんな縁起でもない話はおやめなさいよ。ところで宇都宮さん、その石炭レンジで、ご飯も作っておられるのよね?」

 堀田氏をたしなめながらの真鍋氏の質問に、食堂会社の現場幹部が答える。

「ええ。もう、今どきの家庭にある炊飯器なんかでは間に合いません。あの列車は幸い東京着が朝6時30分でして、食堂の朝の営業はありませんが、朝なんてもう、他はともかくご飯を炊いてくれ! って調子です。フライパンも駆使しまくって、それはもう、石炭レンジに石炭をしっかりくべてどんどん作れです。いくら生活が洋風化して参りましたとはいえ、朝はやっぱりご飯という人、多いですからね」

 かくいう宇都宮氏は、朝食はどちらかといえば洋食派であるという。

「食堂車というのはいかんせん狭い空間ですから、業務用の大きな炊飯釜を入れるわけにはいかんよね、素人考えで申し訳ないが、そこはおいかがかな?」

「それはもう、真鍋先生の御指摘の通りです」

 ここで、米屋を営む山藤豊作氏が何やら思いついたようである。

 スケールメリットと食事をとる人数と時間帯の視点から、私見を述べる。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 私の大口の取引先のひとつに、よつ葉園さんという養護施設があります。

 堀田君が岡山に赴任されたときに最初にご紹介した場所でもあるが、この施設ではね、一度の食事で最大100人の飯が炊けます。まだ食べ盛りに至らない子どももいるから実質的には80人程度であろうと思われる。でも、よつ葉園さんはよろしいわな。みんな一斉に食事といえば、そこで食べさせて、職員も食べて。

 ある意味、軍隊以上に効率的に食事がすむから、その点、調理側は楽ですよね。

 最近はどういうわけか、時々ごはんが焦げるらしいが、そこはまあ、みんな我慢して食べましょう、食べ物は粗末にしちゃだめよって、そんなところです(苦笑)。

 米を納入する業者としては、ちょっとそれは、つらいところあるのは確かです。

 食堂車では、そんな焦げた飯など、客に出せるわけもないでしょう。


 それはともあれ、食堂車の場合、それこそ戦後の進駐軍の軍用列車でもない限り、一度にそれだけの客に出すというわけにはいくまい。

 お客さんに、食堂車でこれこれの飯を食えと命令するわけにもいかんでしょ。

 焦げた挙句の焦げの匂いまで漂う、炊き損ねの飯は論外にしてもね(苦笑)。

 それを言うなら、お客さんのくるのはそれこそ、女心より読めないときもままあるような、そんな「水物」の世界じゃないですか。

 まして一気に作ってしまえば、残ったらどうするのかってことになりますがな。


 どうじゃろう、宇都宮君、列車食堂の営業っちゅうのは、街中のこの居酒屋のような店以上に難しいところ、ありゃあしませんかな?

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