第16話 住宅密集地での石炭の煙

 再び、ここは岡山市内の居酒屋。

「皆さん、先日はありがとうございました」

 堀田氏以外の先客に会っていた青年がやってきた。とは言っても、国鉄官僚の川中氏よりは幾分若い、30代半ばの男性である。

 聞けば、結婚して妻子もいるとのこと。


「川中さん、先週の「瀬戸」の節はお世話になりました」

「おお、宇都宮君、お疲れさま。こちらへどうぞ」

 遅れてやってきた青年にも、ビールジョッキがやってきた。

「はじめまして、堀田先生、よろしくお願いいたします」

「日本食堂岡山営業所の宇都宮和信さんですね、はじめまして。O大学理学部教授の堀田繫太郎です。山藤さんから、お名前は伺っております」

 初対面同士の話に続き、食堂車外での食堂車談義が再開した。


「あの日は木曜でしたからそれほど御客はいませんで楽でしたが、翌日の帰りの瀬戸は、金曜の下りでしたから、結構多かったです。いやあ、疲れましたよ。昨日は日帰りで新幹線で東京往復のビュフェがありました。新幹線はいいですね、やはり」

「宇都宮さん、それはご苦労様でした。昔ながらの石炭レンジの食堂車の後は、最新鋭の電子レンジがある超特急のビュフェですかな」

 山藤氏が半ば呆れるように尋ねる。

「今の時代、技術の進歩が速いですから。古いのも新しいのも、色々覚えてやれないといけないものでしてね」

「それはわかるが、君も大変ですな、なまじベテランになるとね」

「はい、真鍋先生のおっしゃる通りで、ヒラの頃のようには行きませんよ。それに私は料理畑じゃないですからね、もともと・・・」

 ビールのジョッキを飲み干し、店員におかわりを注文したところで、食堂車の青年食堂長は先日の食堂車での話の続きを始めた。今日は休日であり、明日は事務所に詰めることとなっているから日勤である。


 ええ、私の場合は食堂長に欠員が出た場合に特発といいまして、代理で乗務する役どころです。この度は、数日有給のある食堂長の代理で入っておりました。

 実は私、各クルーの仕事ぶりを確認するという役も負っておるのです。

 先日私がお出ししたワインですが、しばらく在庫になっておったものでして、廃棄予定のものでした。このまま在庫として載せておくのもいかがかと思いまして、折角なので、モニター的に皆様にお飲みいただければと思いまして、お出ししました。

 アイスクリームは、消費期限はともかくとしまして、もう3人前程度しかありませんでしたので、早めに処置せねばと思いましてね、折角ですから、皆様に召し上がっていただいた次第です。

 どちらもそこは、伝票的にはうまいこと処置しておりますのでご安心を。

 あのときはちょうど京都を出たところで、お客もほとんどおられませんでしたし、国鉄の方にいろいろお伝えせねばならんこともありましたのでね。

 お楽しみの御席に伺いまして、その節の無礼はどうぞお許しくださいませ。


 あの日は確か定刻で運転しておりましたから、京都は21時40分発ですね、あの列車は。あまり客もおりませんで石炭レンジは弱めておりましたけど、これが週末や週明けなどにあたりましたら、かないませんよ。

 あの京阪神地区ではどうしても、石炭を炊き過ぎるなという申入れが、国鉄さんの現場筋からよく入ってきます。

 そうそう、そんなときにどこだったか、蒸気機関車が別の路線に入ってきたときなんかに当たれば、そちらに振ってうまいこと逃げ果せたたこともあったようですね。

 私はそれにあたっておりませんけど、ある先輩がそんなことを言っていました。


 ある鉄道好きの知合いに聞いたところ、今はもうなくなりましたが電気機関車の後ろにつけていた暖房者なんかでは石炭を炊いて暖房を作っておりまして、それが新宿のような大きな駅で早速暖房を作っていたら、蒸気がかかってたまらんと、ホームにいた酔っ払いが怒ったとか、そんな話もあるようでして。

 うちも、石炭や木炭をくべて調理しておる筋ですから、あまり大きなことは申せませんよ。それに加えて、私どもは、国鉄さんに出入りの業者ですから。

 しかも、学校出立ての若い女の子らと、それに、料理で身を立てるべくやってきた若いアンチャンらと、そういうのを、上手く使って行かねばなりません。

 典型的な接客業ですけど、お客さんだけじゃなくて、全方向に気くばりしなければならん仕事ですから、そりゃあ出入りも激しいですし、そんな中で生き抜いていくのは、ホント、大変ですよ・・・。

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