2 来宮館

ふと、外がまぶしいことに気づいた。


鳥の声が、朝の知らせを告げている。

重たいまぶたを開け体を起こすと、ここはどうやら私の家ではないことが分かった。

昨日のことを思い出そうとすると頭がズキズキする。


...あぁ、そういえば、私は逃げていたんだったな。

それで、彼女に出会って、倉庫に隠れて...。


一度深呼吸をして、改めて辺りを見渡してみる。

白い壁に天井、ベージュのカーペットに、備え付けの棚とテレビ...あとこのベットぐらいだ。

あからさまに簡素でこじんまりとした作りの部屋。

だからこそ、窓から差し込む光がキラキラと部屋を照らしてくれる。

壁にかかった時計を見ると、時刻は10時を超えていた。

何時から眠りについたかは覚えていないが、体の疲れは十分取れたように感じる。

体を起こし、すこし背伸びをする。

初めての場所なのに、不安どころか安心感さえ覚えた。

少なくとも、我が家よりかはよっぽどまし。


足元に目を向けると、服装が変わっていることに気づいた。


昨日までの「制服」とはうってかわって、薄桃色の、まるで病院で患者が着るような衣服を身にまとっていた。

すこしぶかぶかだ。

でも、何故か安心する。


ゆっくりと、昨日までのことを思い出してきた。

きっとここが、ルツの言う"みんなのおうち"なのだろう。

まぁ、ここで考えても何も始まらない。

ドアノブに手をかけ部屋をでると、誰かが会話している声が聞こえてきた。

それは、廊下の先にある、斜向かいの部屋から聞こえている。

ゆっくりとした足取りでフローリングを歩きながら、窓の外に広がる草木をぼんやりと眺めていた。


ほっとした気持ちも束の間、すぐに不安な気持ちが私に襲いかかってくる。


私を追いかけていた彼らは、私をどうするつもりだったのだろう。


"みんなのおうち"につれてくるために、わざわざ追いかけるようなことをするのだろうか。


もし、彼らに捕まっていたら...。


そんなことを考え部屋の前で棒立ちになっていると、目の前のドアが音を立てて開いた。


そこにいたのは、優しそうな顔をし、暖かな香りのする女性だった。

ふんわりとした茶髪のボブに、上品なブラウスとカーキ色のスカートが優しさを引き立てる。


彼女は私の姿を一目見た後、

『あら、体調はどうかしら?』

と尋ねてきた。

想像通り、澄んだ水のような声をした彼女に私は、ただ頷くことしか出来なかった。


それでも彼女はよかった、と笑顔を見せ、私を出迎えてくれた。


その部屋の中には、書類と睨めっこをする男性と、その隣に座り書類を眺める"ふり"をしているルツがいた。


『あー!!!おはようミア!元気!?』


こちらを見るや否や彼女の顔は明るくなり、すぐさま駆け寄って抱きついてくる。

こう言う時の対処法を知らないので、ただそれに答えるだけだった。


『こら、ルツ。離れなさい』

そういって書類を机に置いた男性は、むっとした表情をルツに向けた。

はーい、とぶっきらぼうな返事をし、彼女は体を離す。

意地っ張りで強気そうなルツでも、彼の言うことはきちんと聞くようだ。


男性は、黒髪に、白シャツとかっちりとした黒ベスト、黒ズボンといった、一見するとホストか何かに見える服を着ている。

どうにもここの雰囲気には合わないが、彼なりの正装なのだろう。

と、澄んだ左目をしている。


昨日は暗くてよく見えなかったんだろう。

改めてルツの姿を見てみる。

年齢も身長も私と同じくらいに思える。

服装は、白いセーラー服のような上服に、袖先は広がり指が見えていない。

黄色のリボンをつけ、下は短パンだ。

一見すると学生のように見えるが、オリジナリティを感じる。

赤茶の髪が乱雑に左上で結ばれている。

ぐるぐる目がなんとも不気味だ。


彼女は陽気に私の姿を眺め、満足げに笑った。


『ほら、ミアにもあるじゃん、ぐるぐる目!』


ルツがそういって私の方に寄りかかると、男はハッとして、まじまじとこちらを見てきた。


『ほ、本当だ...。君、年齢は?』

『こらー!"やまちゃん!"女の子に年聞いちゃダメなんだよ!』

『そ、そんなのじゃない!...って、やまちゃんじゃない、"やまと先生"と呼びなさい!』

『なんだよ〜やまちゃん〜』


ぎゃあぎゃあと成人男性と未成年が喚いている。

キッチンの方では先ほどの女性がこの光景にくすくすと笑っている。


この3人はきっと、血は繋がっていないのだろう。

それでも、彼らからは家族のような暖かさを感じる。

家族のように暖かく、優しい色...。


どっと肩の荷が降りたようだった。

この中に、私を捕まえようだなんて考える人はいない。

私の直感が、そう囁いていた。


『あのね、ミアはね、ミアって言うんだよ!』

『ミア...さんか。じゃあ苗字は...』


「...いえ、ミアです。年は16。私に苗字なんてありません。」


"やまと先生"は、怪訝そうな顔をしている。

しかしルツはやっぱりそうだ!と嬉しそう。

正直、私もこれで良かった。

苗字なんていらなかった。

そうすれば、何か変わる気がしたのだ。


『わ、分かった。俺は野崎大和(ノザキヤマト)。えーと...』

「やまと先生、ですよね。」

『そうだ。で、こっちが松延葵(マツノブアオイ)。』


『あおちゃん、って呼んでくださいね』

そういって"あおいさん"は紅茶をこちらに運んできた。

机の前に置くと、そっと椅子を引き、私をすわらせた。

私の隣にはルツが座り、牛乳の残りを一気にかきこんだ。

その向かいにいたやまと先生は、やれやれと頭をかき、書類に何やら書き始めた。

そして彼の隣にあおいさんが座り、ようやく全員揃ったといったところか。

___私も紅茶を啜る。

ピーチの香りが鼻にすーっと抜けていき、とても美味しかった。


しばらくしてやまと先生が口を開く。

『ミア、化物病については知っているよな?』


軽く頷くと、彼はまた話を進めた。


『ここで詳しくは言わん。ただ、君の年齢で化物病にかかっていると言う症例は"世間では"初めてなんだ。このまま君を返すと、政府がどう動くか分からない。』


世間では、と言うところに少し気になるが、今はその話を掘り下げるべきではない。

改めて考えてみる。

昨日私を追いかけていた彼らは、政府の人だったのだろう。

もし彼らに捕まっていたらどうなっただろう。

もしあの時ルツの手を掴んでいなかったら...。

もし...。


『___ミア!元気?』


呼ぶ声が聞こえハッとする。

ルツが俯いた私の顔をぐいっと覗き込んでいた。


「あ、だ、大丈夫..,。」

私はそう答えることしか出来なかった。

こんな状況で、元気になんてなれっこない。

やまと先生は、しばらく考え込んだ後、何度か頷いて何か決心したようだ。


『うん、そうだな、ミア。』


「は、はい。」


『俺たちと一緒に、来宮館クルミヤカンに住まないか?』


「くるみや...かん?」


『えぇ!!ミア、"みんなのおうち"にくるの!?やったー!』


『まてルツ、まだ決まったわけじゃないだろう。それに...』


「...さい。」


『...すまない、今、何て?』


「私、ここに、来宮館に、住ませてください!!」


『えっと、それはまだ後で、だから...』


『わーーっ!!!嬉しい!!!嬉しい!!!これからよろしくね、ミア!!!』


ルツが今までよりも強い力で私を抱きしめてくる。

決断は、早い方が良かった。

こんな提案、断らないわけがない。


『色々聞いてから決めるつもりだったんだがなぁ...あおいさんも何か言ってくれよ』


『ふふ、にぎやかになりそうですね。』


『はぁ...そうだな。』


やまと先生も、あおいさんも納得してくれるようだった。

心底ほっとした。

受け入れてもらえることが何よりも嬉しかった。


『ええと、聞きたいことは山々だが...』


彼が時計を確認するよりも早く、私とルツの腹の虫が反応した。


『...腹が減ったな。先に飯にしようか。』


『わーい!!ご飯!ミア一緒にたべよ!!』


「...うん!」


席を立ち、昼食の用意を手伝う。



隣であおいさんが、素敵な笑顔だね、って言ってくれた。


金曜日ということで、今日はカレーらしい。


何の変哲もない、普通のカレー。


でもそれは、普通だけど特別で。


みんなと世間話をしながら食べるカレーだったから。


今までの中で一番美味しかった。

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バケモノが見た世界 はなのち霧雨 @HanaKiri78

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