第65話 社会性は、その人の資産である。

「貴君がなにゆえ社会性と人間性を複式簿記の原理で説明しようと試みたのかが、愚生にもようやく見え始めたのう」

 老紳士が、感心しながら感想を述べる。

「ありがとうございます。これで人間性の側を説明できましたので、今度は、社会性の側を説明させていただきますね」

 米河氏の提案に、異存などあるはずもない。

「それをしていただかないとな。よろしく頼みます」


・・・・・・・ ・・・・・ ・


 さて、貸方の人間性については一通り申上げましたので、今度は、借方の社会性について述べて参ります。

 こちらは、人間性と違ってその人の内面というより外面、ソトヅラと言ってはいささか語弊もあるところですが、そちらにあたるものが社会性、これを、借方の側に設定いたしました。これは言うなら、企業の財務管理上の「資産」に当てはまるものでして、これはもう後天的にその人が社会生活を営んでいく上での財産というべきもの、もちろん金に換算できるかどうかは全く問題ではなく、その手の能力全てをこちらに乗せて論じて参ります。

 これは、人間性とある意味表裏一体の関係にあるものであると、私は思料いたしております。企業の財務会計であれば金の裏付けのない貸借対照表はできませんが、こちらでは本人の努力次第で、人間性の側を日々高めていくことで、社会性の裏付けを作っていくことが可能です。


 では、どんなものがこの借方に入るか。

 例えば、目に見える資格とか金といったものも、預貯金や不動産などの資産も、入ります。それ以上に、目に見えない財産一式、もう、さまざまなノウハウや名誉といったものもすべて、この借方には入っております。

 ですから、企業の貸借対照表以上に、この欄には様々な財産やノウハウが詰まっているのです。しかも、これは目に見えない、本人も、下手すれば周囲の誰もが気付かない、そういう財産もまた、ここにはあるのです。

 これが企業の貸借対照表なら、簿外資産の隠し資産のとなってややこしい話になるところではありましょうけれども、人間の資産には、本当に、人にも、増して自分にさえもわからない資産というものが、眠っている可能性があるのです。

 それを見つけることで、さらに自身を高めていくことも可能となってきます。


 企業の簿外資産は当然問題視されるものですが、この社会性と人間性の簿外資産というのは、存外気づかれないままになっていることが往々にしてある。

 それを見つけ出し、自ら若しくは他者の可能性を切り開いていくことも十分可能です。何より、それを見つけ出す努力も必要ってものです。これは犯罪でもなんでもありませんから。それを言うなら、自分探し、と言ってしまうと何だか青年期の何とやらになりそうですけど、まさに、それこそがこの社会性という資産の欄においてもっともじっくり見ていかなければならないことでしょうね。

 もちろんその隠れ資産というのは、本来資本もしくは負債の欄にも計上しておくべきものだってことになりましょう。

 そう。その、自らの隠れた資産の出処をきちんと見極めることも、自分を知ることにおいてものすごく大事なことじゃないですか。


 とまあ、ここまで、複式簿記の原理を用いて社会性と人間性の相関関係について論じて参りました。

 ここらで是非とも、森川先生のご感想を伺いたく存じます。


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