第64話 資本と負債~先天的か、後天的かの差
老紳士が、感心しつつ感想を述べる。
ほう、私は複式簿記の講義を学生時代に受けたことはなかったが、後に仕事をしていく上で独学的に学びはした。しかし、資本の欄を真っ先にこうも事細かく解説してくるとは、私としては意外ではあった。それも、人間形成の上でその部分がいかに重要かも含めて貴君は述べられたが、なるほど、大したものです。
確かに、幼児教育の重要性を、複式簿記の資本の欄にあてがってうまく貴君は解説されたが、言われれ見ればまさにその通り。わしら養護施設の職員あたりが、その資本の部分に著しく欠けた子らを何とか無返済もしくは無利息、はたまた低利であってもよいがその子の人間性の資本部分を補ってやったとしても、単に金の問題だけにとどまらないだけに、その子の「人生経営」がうまく行かなくなる可能性を秘めていることも、その話からは感じさせられる。
では米河君、その話であれば資産の欄よりもむしろ負債の欄を先に解説したほうがよさそうに思えるが、おいかがか?
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米河氏の返答は、予想通りであった。
「そうですね、ここは別に資産の側からやってもいいところですが、同類ということでありますれば、負債欄のほうを先に述べておきましょう」
かくして彼は、持論の続きを述べ始めた。
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次に、貸方の負債欄を述べて参ります。
こちらは、後天的な、おおむね物心ついて以降の、人から影響を受けて得たものを指すとみていただいて、いいでしょう。
実在の会社なら、負債欄がほとんどない健全経営の会社とやらもあるかもしれませんが、人が生きていく上では、会社経営以上にそうもいかないものであります。
いろいろな人のおかげで、さまざまな恩恵や情け、さらには、かけがえのない財産やノウハウをいただくことがございます。
そういったものは、この欄に当てはまるものと考えていただきたい。
これは会社の経理と違いまして、ここにあるものは単なる負債ではなく、前の世代から後の世代に向けて託された財産やノウハウの立ち位置となる欄です。
ですから、ここに記載されているものは、反面、借方の資産の欄にも形を変えて存在しているものであるとご理解ください。
これがあるからこそ、「情けは人の為ならず」ということわざを立証する上で決して無視できない構造がこの貸借対照表上には隠れているのであります。
先ほど資本の欄でも言い忘れましたが、あえて申し添えておきましょう。
会社を設立するにあたり、例えば現金300万円を資本金にあてるとします。
その金額は、資本金300万円として貸借対照表上の資本欄に記載されます。
しかし同時に、借方の現金もしくは預貯金の欄に、厳密にはほぼ預貯金だが一部現金ですよ、みたいなところが真相かもしれませんが、それはともあれ、その資本金と同額のものが、借方に記載されます。そうすることで、借方・貸方ともに300万円という貸借対照表が出来上がるわけです。
負債にしても、同じことです。
誰かから得た情けというものは、負債欄と同時に、形を変えてその人の資産欄にも表れるものであります。
そうなることで、その人の財産として人からの情けは刻まれていくものである。
私は、そのように考えております。
そしていつか、その人は別の人にその負債を返すかのごとく、情けをかける。
そうすることで、負債を返済していくのです。
そして得られた売上は、資本の増資や再生産の投資へと回っていく。
そうしていく中で、その人は「人間経営」をしていくという流れですね。
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