第59話 アウフヘーベンの位置 3
貴君の向上心であるが、実にすさまじいほどの熱量です。
これはもう、掛け値なしに信じます。
むろんこれは、貴君の論や手法をすべて全面的に支持することを意味するものではないことは申し添えざるを得ないが、それはそれとして、ですぞ。
さて、貴君は意外にも、卵鶏の問題を否定して、社会性より人間性を先に育むべきであると述べられた。
それは個々の成長していく子ども、まあ児童な、この世界では(苦笑)、そこに焦点を当てる限りは、正しい。それ、実は私が言うべきところであったかなとも思うところであるが、貴君に先を越されてしまった以上、今度は私が本来君の論じそうな方向から攻めさせていただこう。
無垢な赤ん坊、まあこれは文学的表現であるが、ともあれ、生まれてきた子にさあ社会性などというのは、そりゃあ無茶苦茶である。
問題は、その親であり、周囲の大人のほうじゃ。
それこそ、米河君かねてのテキストである、「簡単にはらんでおろすそこらの」人物らのような社会性の面で上出来とやらのレベルの者を容認するつもりはないが、その子の周りの大人たちの社会性と人間性がしっかりしておらんと、なんか知らんが子どものほうはしっかりしておるなんてことになるなどという「僥倖(ぎょうこう)」は期待し得んわな。
あるいは、「トンビが鷹を生む」なんてのもあるか。
まあよろしい。
別にこれは貴君の弁を論破できる材料とは言えんし、それを言うなら別角度で補完するような論であると考えるが、卵の側に何がしかの物を与えるのは明らかに鶏諸君の側である。君の異父妹さんの息子さんがおりますな、その子に人間性や社会性というものを見せて与えていく立場の大人の側に、君もいらっしゃるわけです。その子の周囲の他人のほうが現段階では重要な人物となるかもしれんが、いずれ君も、母親の親族という点で、その子に何がしかの影響を与える人間となる。
さて、その子が君ほどの実力を持つに至るかどうかはともあれ、しかしその子に影響を与える、ましてやその子の周囲の誰もが予想しえないほどの力をその子が持つにいたるきっかけを作り得るという点においては、やはり、鶏側である貴君の存在というものは、やはり無視しえないものがあると言えましょう。
そうしてみれば確かに、鶏が予めしかるべき能力、社会性の側誰人間性の側であれ持っておく必要がある。それを維持し高める不断の努力が必要である。
となればそこはやはり、鶏が先という側面は無視しえぬであろう。
どうでしょうか?
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「子どもがこの世で生を受けた段階においては、周囲の大人にしかるべき社会性がないといけないという視点から鶏側に求められるものを鑑みれば、明らかに鶏が先という要素は見て取れます」
米河氏は、その点にはあっさりと同意した。
「そこはしかし、忘れてはならぬ視点ではないかと思ったので指摘させていただいたところであるが、案外あっさり同意されたな」
「ここは変な方向からケチをつける余地はありませんよ」
夜は少しずつ明け始めている。
「では、今の愚生の論を受け、貴君なりの「反」でも、あるいは「合」となり得るものでもあろうから、そこに論を進めていただけまいか」
「わかりました」
少し間をおき、米河氏はさらなる持論を展開すべく老紳士の要請を受入れた。
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