第38話 社会性の極限値1・ビンゴの極めつけ

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 森川さんの御指摘を受けまして、私が後に山崎さんがおっしゃったエピソードを改めてご紹介したく思います。これこそがまさに、社会性と人間性の対立軸の極致ではないかと。すなわち、大槻さんの目指す園長としての職務をもっとも端的に象徴しておると言えるものでございます。


 1985年4月、山上さんを定年で御引取願ったその入替りの年度初めです。

 私が高校生になった年でした。

 このとき、くすのき学園におられた山崎良三さんが児童指導員としてよつ葉園に言うなら「移籍」してこられましたよね。その最初の日の朝礼の後、山崎さんは大槻さんに園長室に呼ばれました。

 正味どのくらい話した時間があるのかはわかりませんので、これは重要部分の切取である可能性は極めて高いことを一応申し添えておく必要もありましょう。

 しかしながらこのやり取り、よつ葉園の園長としての大槻和男さんの基本軸と言えるものではないか。否、それ以外の何物でもない。それどころか、これは大槻さんと山崎さんという児童福祉に携わる現場の幹部職員の意見の相違云々の話を通り越し、まあ、そのレベルでとらえる低能は無視しまして、ええ、これこそが社会性と人間性の対立軸の極致と申しても過言ではない程のものであります。わんわんと話を盛って申上げましたが、そのやり取りをここで改めてご紹介いたします。

 以下、事例部分は敬称略で参りますので、そこは御了承を。


~ そこは君のやりやすいよう、お任せします。と、森川氏。


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 これまでは他施設すなわち同業他社に勤める同職の後輩であった山崎に対し、これから上司、しかも使用者として接することになった大槻は尋ねた。

「ところで山崎君、児童福祉で最も大事なものは何だと思うか?」

 正面切った問いかけですよね。


~ その話、聞くたびに私もそう思う。と、森川氏。


 ですよね。それに対して山崎は、少し間をおいて回答した。

「それは、人間性だと思いますが」

 この返答自体は、特に問題はないと思われます。

 ところが、この山崎の回答に対する大槻の反応たる弁や、かくの如し。


 何を言っておるか。

 私は、児童福祉にとって最も肝要なものは社会性であると考えておる。

 この地に今いる子どもたちが社会に出て、きちんと税金を払えるだけの仕事ができるように、あるいは公務員になって金をもらうにせよ、経営者として補助金を受け取って事業に充てるにせよ、百歩譲って生活保護を受給するようになったとしても、その金を有効に使えるだけの人材を送り出さねばならんのだ!

 くすのき学園では人間としてよければ云々と言っておれば通用したか知らんが、よつ葉園では通用しないぞ!


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 その日のその前後の山崎と大槻の会話については、私にはわかりません。

 私のわかる範囲での両者の肝心部分の会話は、以上の通りです。

 これを最初に聞かされた時、もう20年以上前ですけど、正直、こんなわかりやすすぎた対立軸も滅多に、それこそ一生に一度かそこらしかないであろう、そんな鮮やかな対立軸がそこに描かれておりました。

 そうとしか言いようがありませんで、私、思わず山崎さんに申上げました。


「山崎さん、それ、ビンゴですよ! ダブルやトリプルや、そんじょそこらのビンゴじゃありませんよ。ウルトラジャイアントキングコング級のビンゴですよ!!」


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「それはしかしなんじゃ、すさまじいのう。その情報、私も聞き及んではいたが、別に貴君の弁の問題ではなく、何度聞かされてもうならされるのう」

「思いますにこれこそが、大槻さんの問いかける社会性の極致と言ってもいいエピソードではないかと思われますが?」

 米河氏の弁に、老紳士が答える。

「貴君の弁は間違いではないが、人のこと言えた義理かな?」

「まさか、私がかねてあちこちで述べておる、あの言葉のことで?」

「そのとおり。その話、次回やっていただくぞ」

「いいですよ。私の勝敗に係る話ですからしばし時間を」

「では、次回18日日曜の朝、少しばかりお邪魔する。よろしいな」

「ええ、プリキュア前にひと暴れ致しますよ!」

「よろしい、期待してよさそうじゃな」

「もちろんですよ。お任せください!」


 夜はすでに明けている。朝日が、米河邸に容赦なく差している。

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