第35話 姪の誕生日
「それでは、参りましょう。その前に異父妹の娘さん、あなたからすれば姪にあたる方の誕生日ですな、今日は」
未明にやってきた老紳士は、まずその話を切り出した。
「ありがとうございます。今年で22歳になります」
「たしか、A荘で過ごされているとお聞きしていますが」
「はい、そのとおりです。悲しいかな、乳児期に障害を負ってしまいまして」
「それは確かに、個々の事例としては悲劇ですな。こう言いだすとあのアイヒマン氏の辞世の弁のようであるが。今の弁が失礼なら撤回させていただきます」
しかし若者(と言ってもすでに50代)は、意に介す様子はない。
「いえ、それには及びません。無論親族としては悲劇と受止めておりますし、そう受止めないようではさすがに人でなしでしょう。しかしながら、統計上はそこにカテゴライズされる数字の1に過ぎません。それも同様に真実です。もっとも、統計の数字を何とかのひとつ覚えのように人にわかった口を使うための方便に使う馬鹿が多すぎるのも確かに確かですけどね。一般論でごまかす無能の手口ですな」
「あんたなぁ、それにしても、一見社会性を認めつつもどこかで敵をのめそうとする言動が多いのう。喧嘩文体という人がおられるのも、無理ないわ(苦笑)」
老紳士が呆れながら指摘するのを、対手は表情一つ変えずに答える。
「こんな調子ですから、おかげさまで、姪には母を通して笑い者ですよ」
「笑い者ならよろしいがな。あなたも相当な悪役扱いじゃのう(苦笑)」
ここで老紳士は、この日の議題を切り出した。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
それでは、本日の議題じゃ。
先日は社会性の底上げを云々して参ったが、その続きで参ろう。
あなたは言うなら、その点において飛び抜けた人間の象徴のような立ち位置から見てくださっており、そこからの視点は実に重要である。
それなくして、実は、底上げは不可能である。
無論、少々の小手先程度のレベルアップ程度なら、誰でもできんことはない。
経験値でどうにかなる範囲であるなら、な。
山上さんのような保母さんの手法というのは、そこからじっくりと積み重ねてレベルアップをみんな仲良くお手手つないでいきましょう、的なものであったと、あなたはお思いかもしれん。
ま、わしから見ても、そういう方向性であったことは確かじゃ。
しかしな、それは確かに基礎体力的な部分においては重要なものではあるが、そういう手法では、いずれ限界が来る。
私は、そこで必要となる人材をリクルートしたわけじゃ。
別に政治家に金を送ったわけじゃないぞ(爆笑)。
~ 懐かしいですね。あのリクルート疑獄。私が大学の頃ですよ。と、米河氏。
実は、笑い事ではないぞ、米河君。
ある意味、あのくらいしてでもやり遂げねばならん世界なのじゃ。
こちらの「社会性」を伸ばす仕事というのは、な。
その対立軸としてとらえる必要のある「人間性」という点においてはいかがなものかと思われる手法も、ことと次第では使わないといけない。
そこはあなたも、よく肌身で御存知でしょうが。
~ もちろんです。と、米河氏。
そちらの「人材」はなぁ、この世界では、なかなか得難いものでした。
そこに大槻君は、自身の人生をかけてその役割を果たしてくださった。
まあ、余生くらい、好きなことをされたらよろしかろう。今は2番目の奥さんと会社経営もされておいでのようじゃが、本来は彼自身が、クルマ屋を起点に事業家になれる素地はあった人じゃからな。
私や大宮さんの説得で児童福祉の道に進ませたが、これも思うところは多々ある。
じゃがな、米河さん、あんたもそうじゃが、大槻さんも、確かに社会性という点においては飛び抜けておった。
お二人とも、それは素質部分からのものである。あなたに関しては、御両親の離婚も、自身の政治的人間になる素養を育んだと言ってもよいかもしれん。
それでは、あなたの御意見を伺いましょう。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
まだ明け方には少し時間がある。
米河氏は、かねての持論を述べ始めた。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
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