社会性の底上げ
第32話 少女たちの旅にみる 1
「それでは、令和元年のよつ葉園広報誌を出していただけないか?」
森川氏は、パソコンに向かう米河氏に要請する。
「わかりました。どの記事を出しましょうか?」
「女子児童が数名、青春18きっぷで泊りがけで出かけたのがあろう」
「ありましたね、確か、・・・、こちらですね」
米河氏は、要請された記事を画面に示した。
確かに、10代中盤から後半にかけての少女が5名、どこかに旅に出かけている写真が掲載されており、そこにはいくばくの文字情報もある。
「この年2019年8月、まだ新型コロナウイルスの騒ぎが始まっていない頃の記事ですね。女子数名で青春18きっぷを用いて名古屋方面に旅行し、途中1泊しているようです」
「そのとおりじゃ。で、米河君、この記事を見て、思うところを述べてください」
森川氏の要請にしたがい、彼はその記事にかねて思うところを述べ始めた。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
この記事は、第三者の私が見ても、ごく普通にティーンエイジャーの女の子が仲間と一緒にどこかに遊びに行ったという、世の中にはどこにでもある話ですね。
それがたまたま、岡山の養護施設、あ、今は児童養護施設ですか、それはあえて今回のルールで養護施設としておりますから、そちらで参りましょう。特に変えて述べるべき必然性もない話ですので。
かつて昭和の時代に、このようなことをよつ葉園がさせていたことはありませんでしたね。それは、そういう知識を持った児童がまずいなかったこと、何と言っても職員側もそれだけのことを子どもたちにさせるという意識がなかったこと。
東先生には申し訳ありませんが、学校経営の延長程度の業務がなされていて、さらには山上先生のようなベテラン保母の昔ながらの運営からは、このような一人もしくは小集団での旅行などというものをさせていなかった。
あのZ君あたりがそこは風穴を開けていったようですな。
それを、大槻さんが園長になって後押しさえするようになった。
山上さんは、そういうことをさせるのに反対だったようですけど。
じゃああんたは、それに代わるだけの社会性を身に着け得る何かを提供できるのかと、私なんかに言わせればそこになりますけど、それ以上言うと罵倒にしかならんので止めますわ。
施設の中で群れさせて、テキトーにやって時間が来れば手に職の何のとわかった言葉を並べて社会に放り出してそれで自立できたね、っていう程度の手法など、今どき通用するわけもありません。
私がそうだとは申しませんけど(いや、そうじゃろう、と森川氏)、Z君のような飛び抜けた社会性を持った少年を指導なんてのはさすがに誰でもできることではありませんよ。無論、そのくらいの少年が出てくる可能性の高い場所であったと言えばいささか買い被りになるかもしれませんが、現実彼のような少年が出てきたことは間違いない。事実は何に比しても強く重いものですから。
そういう飛び抜けた少年のような児童をたくさん輩出する方向にというのは、しかしながら現実的とは言えない。もちろん、彼の足を引っ張って低レベルに抑えようなどという取組みは論外です。誰のどんな構想がそうだとは名指ししませんけど。
しかしね、彼女たちのこの度の旅の記事を読みまして、少なくとも私は、今の園長の伊島さんがしっかりされていることが一番ですけど、何より大槻さんの長年にわたる社会性を高める努力が実を結んでいることを実感させられました。
山上さんも今となってはこういう話を反対や非難をされたりしないでしょうが、このような記事が普通に広報誌に掲載されるようになったということは、それだけ、全体の社会性が高まったものとみていいのではないかと思われます。
以上の私見に対しまして、森川さんの御高説を賜りたく存じます。
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