第8話




「イ、イゴル……さん? 」


 受付嬢のヒルダが戸惑った表情を浮かべながら、そう声に出す。

 どうしてこうなったのか。もちろん、判りきっていることだ。F級冒険者の俺が、ドラゴンのコアを持っていることが原因に決まっている。


「ドラゴンのコアだ。さっさと買い取ってくれ」


 そう言いつつ、俺は自身のアホさを痛感していた。誰も居ないところで、買取を要求すれば良かったのだ。しかし、もう手遅れである。

 

「……わかりました。お預かりします」


 受付嬢のヒルダは、相変わらず戸惑いを隠せないままではあるがドラゴンのコアを受け取り、精算係の下へと行く。


 その間、俺は併設されている酒場で飲むことにした。この後、予定があるので軽く1杯飲むだけだ。


「見たかよ? あの引きこもり、ドラゴンのコアを渡していたぞ」


「うわぁ。完全にズルだよね……」


「見栄のために、どこかで買ったんじゃないのぉ」


 周囲の冒険者たちが、そう会話を楽しんでいる。

 その話題は専ら、この俺だ。まあ、有名人なわけだし仕方のないことなのだろう。本当に……。


 悪い意味でな。


 酒が不味くなるが、所詮は暇つぶしだ。

 


 後で別の店にでも行って、飲みなおせば良い。しかしそう思った矢先、酒場の空気は一気に変わった。それは、ある人物がやって来たからである。


「お、おい。あれって、イルザじゃないか! 」


 冒険者の1人が、そう大きな声で言う。

 イルザというのは、俺と違って良い意味での有名人だ。何せS級冒険者なのだから。現状、俺とは正反対の立場にいるというわけである。


 凛としたその姿に、魅了される者も多いことだろう。


「この時期に、どうしてここに……? ってことは『遊撃騎士団』のメンバーたちも他に来てるってことかな」

「そうだよな」

「実は俺、『遊撃騎士団』に入りたかったんだよね」

「あんたじゃ無理よ」


 周囲は騒めいている。


 『遊撃騎士団』は、冒険者たちから最も高い評価を受けているクランであり、当然所属するメンバーたちは一流の冒険者と認められた者たちだ。そのためメンバーは皆、B級以上と言われている。


 そしてS級冒険者のイルザは、『遊撃騎士団』に所属しているわけだ。

 

 そんなS級冒険者様であるイルザ嬢は、周囲の喝采など無視して、ただ俺だけに視線を向けている。睨め付けられていると言った方が、正確だろうか……。

 

 絡まれると面倒だ。


 しかも、タイミングが悪いことに今はドラゴンのコアの買取査定中である。


 引きこもりのイゴルという名で知られている俺が、ドラゴンのコアを売ろうとしていると知られたら色々と追及を受けかねない。


「イゴルさん」


 と、ヒルダが受付カウンターから呼びかける。何もかも、タイミングが悪すぎるだろう。

 しかし、ただじっとしているわけにもいかないので、俺は席を立ち受付カウンターへと向かった。


「金額はどのくらいになったんだ? 」


「金貨1000枚になりますが、額が額なだけにお支払いは後日になります。よろしいですか? 」


「ああ。それで構わない」


 俺はそう言って、直ぐに冒険者ギルドを後にしたのである。


 それから俺は、落ち着いて飲めるバーへと向かった。

 予定していた時間よりは早いが、遅れるよりかはずっと良い。



 ※



 ちょうど、イゴルが冒険者ギルドを後にしたころ。

 副支部長の部屋には、B級冒険者のデニスが訪れていた。


「デニス君。ちょうど良い理由が見つかったな」


「ええ。副支部長のおっしゃる通りです。F級でドラゴンは倒せません。何か、不正を働いたのは間違いないでしょう」


「直ぐに、書類作成に取り掛かる。後はデニス君の好きにすれば良い」


「ええ。最近、自宅の地下にある倉庫で物品を預かってましてね。少々気味の悪い物品ですが、イゴルなら好みそうですね」


「無能な奴に新しい職場を提供するなんて、デニス君。キミはさすがだよ」


「いえいえ。では、そろそろ失礼します」


 デニスはそう言って副支部長の部屋を出ると、そのまま冒険者ギルドを後にした。足並みは早く、誰から見ても急いでいるように見える。

 実際彼には、どうしても外せない予定があるのだ。


 そして汗だくなったデニスは、目的地……自宅に到着した。デニスの自宅は高級住宅街の一画にある。つまり、高級住宅に住んでいるわけだ。


「お客様がお見えになっております」


 デニスが玄関に入るや否や、1人の女がそう言った。

 彼女は、決して使用人やメイドといった類の立場ではないが、それに近い仕事もしているのだ。


「判っている」


 デニスは、直ぐに応接室として使っている部屋へと直行した。


「お待たせしてすみません」


 焦った表情で部屋に入ったデニスは、疲れもあってかソファに座った。その様子を見た女は、一旦部屋を離れる。


「いや、構わん。きちんと仕事さえしてくれれば良いのだ。それに、キミが紹介してくれた彼も手際よく掃除をしてくれたし、今後も期待しているよ」


 特に気にする様子もない見せない客人が、寛ぎながらそう言った。

 すると、直ぐに女が戻ってきて水を運んできた。デニスはそれを飲み干す。


「……例の物は、地下に保管してあります」


「では、早速確認しても良いか? 」


「はい」


 そして、デニスと客人は地下室へと向かったのであった。




「話は聞いた。俺も≪扉≫が使われたものと思う」


 相席している男が、そう言った。

 もちろん、偶然の結果で相席しているわけではない。元々、ここで会う約束をしていたのだ。


「ええ。これで我々に敵対している魔族諸国は、色々な場所を容易に攻撃できるようになったわけです」


「ああ。早急に手を打つ必要がある。近いうちに、またお前に苦労をかけることになるかもな」


「わかりました。それまでに、私も自分のしたいことを済ませておきますよ」


 俺は、個人的にやりたいことがある。冒険者になったのもそのためだからだ。


「いや、お前には大人しくしてもらいたいものなのだが? 」


 個人的にやりたいことについて、ある程度危険が伴うのも事実である。彼はそれを充分判っているからこそ、そう俺に言ったのであろう。


 とはいえ、俺はただ黙って大人しくするつもりはない。


「もし私が個人的なことで死ぬ奴なら、お役に立てないでしょう? 」


「……あまり自惚れないことだ。どんなに才能にありふれた奴でも、呆気なく死ぬ。俺だって、その可能性がある。まあ、とにかく慎重に頼むよ」


 彼の言い分も判る。それが、俺の個人的なものだったとしても。


 ある意味で、俺が死なないことは≪仕事≫の1つなのだろう。


 ≪仕事≫は俺に与えられた役割なのであって、忠実に遂行しなければならない。それが、俺に与えられた役割ならば、死んでしまったら終わりだ。

 

 しかしながら、俺だってやりたいことはある。

 俺だって1人の人間なのだ。


「いざという時は、私の個人的なことに協力してもらって良いですか? 俺が確実に死なないためには、それしかないと思いまして……」


「すまん、余計なこと言ってしまったな。で、お前のしたいことは、俺たちがやるべき仕事にもなり得るものだ。協力以前に、必要性があれば我々も正式に動く。とりあえず、ドンパチに必要な頭数は、お前でも揃えられるだろう? 後は俺がバックアップしてやるから、何も気にせず派手にやれば良い」


「ありがとうございます」


 それから、軽い雑談などで時間をつぶし、それぞれ店を出たのであった。


 

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