第9話


 翌日。

 俺はいつも通り、冒険者ギルドにやって来た。

 主な目的は、ドラゴンのコアを売った代金を受け取るためである。まあ、何か簡単な依頼でもあったら引き受けるとしよう。


「イゴルだ。代金を受け取りにきたのだが……」


「はい。ご用意しておりますので、少々お待ちください」


 受付嬢のヒルダは、そう言って奥に入っていった。

 それから数分が経ち、他の者を連れて戻って来た。


「担当の者です。別室へご案内いたします」


 担当だという者は、中年男性だった。

 俺は一先ず、その中年男性について行く。


 そして、案内された部屋に俺は入った。『支部長室』と書かれていたのは、気のせいであろうか……。


「さて、きちんとした紹介はまだだったね」


 男がそう言う。


「私は冒険者ギルドの王都ムーク市支部に於いて、その支部長を務めるアレクサンダー・バラデュールという者だ」


 まさか、支部長が直々に絡んでくるとはな。

 ここの支部長は不在が多い。そのため、普段は副支部長がこの支部の業務を取り仕切っているのだ。


「そろそろ来る頃だろう」


 と、支部長が言う。

 少し時間が経ち、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

 

「入りたまえ」


「失礼します」


 若い女が入ってきた。

 見覚えのある……馴染みのある顔だ。


「こちらはイルザ・ボルスト君だ。当然、イゴル君も知らないわけがないよね? まあ、今日は兄妹同士で水入らずに話をすると良い」


 俺のストレスゲージは急上昇する。

 意識が朦朧となり、動悸も激しくなってきた。


「ちょ、ちょっと待ってください。代金を受け取るために俺はやって来たのですよ? それにこれから用事もあるわけですし、こういうことは事前に伝えてもらわないと……」


 しかし、支部長は俺の言葉をスルーする。

 代わりに、イルザが近づいてきた。


「冒険者なんてやめなさい。貴方には無理よ」


 この感じからして、イルザは自分の言いたいことを言うためだけにここへ来たのだろう。

 なら猶更、俺も対抗しなければならないな。


「別に俺が何をしようが、それは俺の勝手だ。S級冒険者の忠告は、それなりに重みがあるのは間違いないと思う。しかしそれでも、俺のことに口を出すな」


「ドラゴンのコアは誰から貰ったの? 」


「自分で倒して、そして手に入れた。それだけの話だ」


「嘘よ」


「何で嘘なんだ? 」


「貴方は、ドラゴンを相手にした時の状況を本当に知っているの? 上級冒険者が複数で取り掛かっても多くの死者を出す……それほどの相手だよ。私だって、仲間の死を間近で見てきたわ。何度もね」


 イルザが、俺を疑ったり忠告したくなる気持ちは判る。

 彼女も、ドラゴン相手にそれだけの経験はしてきたのだろう。


「つまり、引きこもりのはずの俺には到底倒せないってわけだな」


「そうやって、卑屈になって誤魔化さないで。誰に渡されたの? それとも脅されていて話せないの? 」


 要するに、俺は犯罪集団の使い走りだと思われているわけか。


「俺は事実しか話していない。俺が自分の手でドラゴンを倒して、コアを手に入れた。どうしてもその事実が気に入らないのであれば、証拠でも捏造して後は好きに事実をでっちあげるなりしてくれ」


 俺はそう捨て台詞を吐いて、支部長の部屋を出た。冒険者をクビになっても構わないが、今すぐにクビになるわけにはいかない。


 あと少し。

 それだけの辛抱だ。




 F級冒険者イゴルが、支部長を出てしばらく経った頃である。


「『遊撃騎士団』に、支部長として正式に依頼する。イゴル・ボルストの情報を可能な限り集めて欲しいのだ」


 支部長もまた、F級冒険者イゴルを不審に思っているのだ。

 しかし、この問題に支部長が関心をもつようになったのは偶然が重なったためだった。


 それは、支部長が珍しく王都ムーク市の支部へ戻って来たタイミングで、大きな騒ぎになっていたからである。その騒ぎとはもちろん、F級冒険者イゴルがドラゴンのコアを売ろうとしていたことだ。


 その騒ぎに出くわした支部長は、支部に於ける業務の殆どを任せている副支部長を差し置いて、自ら事態の収拾に出ることにしたのだった。


「本来なら、イルザ君にお願いしたところだが……」


 先ほどまで、そのイルザも支部長室にいた。


「副団長は、数日休暇をとることになりまして……。『遊撃騎士団』では、メンバーが休暇をとるのはよくあることなのですが、もし副団長に任せたいなら連絡をとりましょうか? 」


 支部長の問いに答えたのは、甲冑姿の男だった。

 『遊撃騎士団』の中では、一応幹部に当たる人物である。


「休暇か……。いや、彼女の大事な休暇を奪うのもよくない。まあ、よろしく頼むよ」


「任せてください。可能な限り、イゴル・ボルストの情報を集めてきます」




 とある屋敷にて……。

 不意に、星形のバッチを3つ付けた男が現れる。


「殿下は? 」


 と、寛いでいた青年に訊ねた。


「しばらく表向きの用事で忙しいみたいですよ。今夜はレゲムーク王家に招待されたとか」


「そうか。なら、色々と仕事がしやすくなるな。ところで、前々から頼んでいた件はどうなっている? 」


「各地から人員を集まってますし、例の物も無事に運ばれてきてます。あれだけの資金があれば、簡単ですよ。まあ、どうやって稼いだのかは知りませんけどね」



「そうか。では早速で悪いが、今度はこいつを尾行してくれ。例の物の一部をネコババしているようだからな。指示は逐一出す。定期連絡を忘れずに」


 星形のバッチ3つの男は、そう言うと1枚の写真を取り出して青年に渡す。


「……わかりましたよ。帰ってきて早々、人使いが荒いですね。ホント、嫌になっちまいますよ」

 

 青年は、文句を言いながらも仕事に取り掛かったのであった。

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