第十六話、襲撃にゃ

 朝日がのぼる。周囲を山と丘にかこまれたこの土地の朝は空気が少し冷たい。

 だけど、朝日を浴びるカルロの表情はとても精悍せいかんだった。どうやら、何か強い覚悟を決めたらしい。その目は力強い光をびている。

「カルロ、何か覚悟を決めたような表情かおをしているにゃ。出来れば僕にも教えて欲しいのにゃ」

「ああ……ダム、俺はめたよ。俺はアリサとミーナをまもる為に勇者としての責務を果たそうと思う。ステラ司教をつよ」

 そう告げたカルロの瞳には、一種の力強さが宿やどっていた。

 やはり、本気ほんきなのだろう。なら、僕も覚悟を決めるとしよう。

「カルロが本気なら、僕も覚悟を決めるにゃ。僕は、カルロを英雄えいゆうにする為に一緒に戦うにゃ」

「……いのか?」

「うにゃ、り掛かった船にゃ。此処で怖気おじけづいたら末代までの恥にゃ」

「…………そう、か」

 ありがとう―――

 そう言って、カルロは少しだけ微笑ほほえんだ。だけど、其処で僕の高性能な耳と鼻が微かな異変を感じ取った。恐らく、人間にんげんのカルロでは気付けないであろうほんの微かな異変というものを。

 僕は、少しだけ警戒心けいかいしんを高める。

「……カルロ、少しだけおねがいを聞いてもらっても良いにゃ?」

「何だ?」

「……げるにゃ」

「え?」

 瞬間、僕は足元に落ちていた手ごろなサイズの石を拾い投擲とうてきした。その石はひゅんと風を切る音を響かせてすぐ近くのしげみへと飛んでいった。直後、茂みから男の短い悲鳴が響いてくる。

 恐らく、この前の盗賊だろう。茂みからわらわらと武装ぶそうした男たちが現れ殺意を滲ませてにらみ付けてきた。

「さあ、王女様とミーナをれて逃げるのにゃ!」

「し、しかしダム!お前は⁉」

「大丈夫にゃ、僕だって死ぬつもりはないにゃ!後でい掛けるにゃ!」

「……………………っ、ごめん!」

 顔にこれでもかとばかりに苦渋くじゅうを滲ませ、カルロは家の中へと入っていった。これから王女様とミーナを連れてげるのだろう。ああ、これで安心して戦える。僕はにやりと不敵な笑みを浮かべた。

 目の前には、以前取り逃がした盗賊の頭が。殺意を滲ませた笑みを浮かべて僕を睨んでいた。

「へぇ?がすと思っているのか?どうせ全員纏めてらえるつもりだよ。一人たりとも返さない」

「させないにゃ。僕が全力を以ってして逃がすにゃ」

勇敢ゆうかんな猫だな。それとも忠誠心が高いのか?命知いのちしらずもほどほどにしないと命を落とすぜ?このようになっ!」

 盗賊の頭は大上段に力をめて切り掛かってきた。その剣を、僕は木製の棍棒で横から払いのけるようにはじき返した。

 相手が持っているのは金属製の剣で、僕が持っているのはあくまでも木製の棍棒だから有利不利どころの話ではない。だが、それでも僕は不敵な笑みをくずさない。

 あくまでもカルロ達を生かして逃がす。

 忠誠心ではない。命知らずでもない。これは友情ゆうじょうだ。

 僕は、ただ友達を助ける為に命をやすのだ。

 ———ああ、そうか。

 僕は、心の中で納得なっとくした。僕はカルロ達と一緒に居た日々に心地よさを感じていたのだろう。一緒に居て、やすらぎを感じていたのだ。

 カルロとミーナと出会であったのは、ほんの少し前だったけど。それでもこの友情は一切変わる事はない。僕達の友情にらぎはない。

 このまま、ずっとそばで一緒に居たいと思う程度には。

 この居場所を守りたいと思う程度には。

 僕は、カルロ達に友情を感じていたのだから……

「にゃ、お前達なんぞに僕の居場所はうばわせないにゃ。るにゃ!」

 ふしゃーっと、全力で威嚇いかくする。そんな僕に、盗賊達は一斉に襲い掛かった。

 ……其処からは獅子奮迅の激闘げきとうだった。時間の感覚すらわすれ去る程に、身体を走る痛みにすら頓着とんちゃくしない程に戦った。

 だけど、その奮闘がようやく実ったのか盗賊の数は徐々にっていき。やがて頭の一人のみとなった。

「……にゃ、後はお前一人だけにゃ」

「全く、本当に勇敢な猫だ。だが、その勇敢さも其処そこまでだ」

「……にゃ?っ⁉」

 ひげにびりりと電気が走るような嫌な予感を覚え、僕は咄嗟に横へんだ。その瞬間茂みから新たな盗賊が現れ先程まで僕が立っていた場所へ剣を振り下ろす。

 危なかった。一瞬でもけるのが遅れていたら死んでいた。どうやら、疲労が蓄積しすぎて匂いや音を感じる事が出来できなくなっていたようだ。

 いや、それだけでは説明が付かない。明らかにこれは異常いじょうだ。

「にゃ、どうしてお前だけ匂いや音を感じないにゃ?」

「へっ、お前がる必要はねえよ」

 そう言って、盗賊は僕に襲い掛かる。これは、マズイ。獣人特有のすぐれた嗅覚や聴覚が利かないとなると獣人としての優位性ゆういせいが失われる。

 元々、僕は身体能力的に其処まで強くは無い。獣人とはいっても、僕はあくまで猫なのだから。正直、獣の中でもよわい部類だ。

 何とか、猫獣人としての俊敏性をたよりに避け続ける。しかし、そんな余裕もやがて無くなってくる。

 一瞬のすきを突かれ、僕は足元を払われた。

「にゃ、しまった!」

「死ね!」

 一瞬、死を覚悟した僕だった。目をぎゅっとつむるが、一向に痛みがやってこないのを不審に思いゆっくりと目を開いた。

 その目にうつった光景は……

「にゃ?カルロ?」

「よく、よく頑張ってくれた。後はまかせろ」

 そう言って、カルロは神剣しんけんを手に盗賊達をにらみ付けた。

 その後ろ姿に、不覚にも僕は見入みいってしまったのだった。

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