第十三話、黒幕にゃ

「私が黒幕について知ったのは、ほんの偶然ぐうぜんからだった。アリシエル教の司教とグラヌス教の大司教がおなじ名前というほんの些細ささいな違和感からでした」

「つまり、そいつは本来対立している宗教の双方に所属しょぞくしているという事か?」

「はい、けどそいつはよほどうまく立ち回っていたのか誰もが単なる偶然か相手側を貶める為に同じ名前を名乗っているだけと思っていた。誰も二人が同じ人物だと信じる事は無かったの」

 ……つまり、そいつはよほど情報操作が上手うまいという事か。少なくとも、情報の扱いを熟知じゅくちしていなければ出来ない芸当げいとうだろう。

 国王は……恐らく知らないだろう。あの様子ようすでは知っているとは思えない。

 くだんの黒幕、かなりやるようだ。一体何処で情報のあつかいなんて高度な心理戦を覚えたのだろうか?こうなると少しばかりになる所だ。

「……その黒幕の名前なまえは?」

「ステラ。そう、彼は名乗なのっています……」

「ステラ……」

「ステラ司教が黒幕という明確な証拠しょうこは未だに存在しない。けど、今回の一件で確信しました。この状況下で、此処ここまで上手く立ち回れるような人物なんてステラ司教しかありえません」

「……それは、どういう事だ?」

「私は以前からステラ司教をあやしんでいました。ですので、今回一つだけ試してみる事にしたのです。私が外出がいしゅつする情報を敢えてステラ司教にのみ流してその動向を探る事にしたのです」

「……それは、何て無茶むちゃを」

 そう、それはカルロの言う通りかなりの無茶だろう。下手へたをしなくても、王女様が囚われの身にちる可能性が爆増ばくぞうする手段だ。

 事実、王女様はカルロが助けなければ本当にあぶない状況だったのだから。

「……側近の騎士きしか誰かに、一人でも付いてもらう事は出来なかったのにゃ?」

「それは出来ません。王城しろの誰も信用出来ないですから」

「それは……」

 それは、端的でありながら王女様の苦悩くのうが伺える言葉だった。

 そう、王女様は今まで誰も信用出来なかったのだろう。だからこそ、王女様は今までたった一人きりで得体の知れぬ黒幕へいどむしかなかった。

「いえ、正直しょうじきに言えば信用出来る人は一人はました。けど、その人はもう何処にも居ません。自ら追放という形で王城をりました」

「っ⁉そ、それは……」

「はい、貴方の父親であるガルシアしか私は信用出来る人が居なかった」

「ああ、にゃるほど?カルロが最初王女様を拒絶きょぜつした時にさみしい表情をしたのはつまりそういう意味いみだったのかにゃ」

「……はい」

 再び、王女様は寂しい表情をした。それは、相当にこたえただろう。ただ一人信用していた相手。その本人ではないとはいえ、息子むすこに拒絶された。それはかなり精神的に堪える筈だ。

 それを理解したカルロも、申し訳ない気持ちに襲われたのかうつむいてしまう。

「それは、申し訳ない。俺も短慮たんりょだった……」

「いえ、良いのです。みずからの意思だったとはいえ、貴方の父親ちちを追放したのは我々王族なのですから……」

「いや、それでも本当に済まない。俺が信じなかったせいで、アリサを危険な目に会わせてしまったから」

「カルロ……」

「俺は、もう目の前で誰かを失うような真似まねをしたくない。ああ、これはきっと俺の我が儘なのだろうけど。自分から拒絶しておいてそれは虫のい話なのだろう。けどそれでも俺は……」

「いえ、その気持ちだけで私はうれしいです……」

「アリサ……」

「カルロ、もう一度だけ言わせて下さい。あの時、たすけてくれてありがとう」

 そう言って、王女様はそっとカルロの唇にキスをした。その突然の行動に、カルロは大きく目を見開きおどろいていた。

 王女様も、どうやらかなり覚悟を決めて行動したらしく頬を赤くめていた。それでも王女様はカルロから目をらさずにはにかんでいる。その姿に、カルロも思わず頬を赤く染めてしまう。

 そして、そんなカルロに王女様は頭を深々ふかぶかと下げる。

「カルロ、恥知はじしらずなお願いですが。どうかおねがいします、私に力を貸しては頂けないでしょうか?」

「……………………」

 王女様のお願いに、カルロは思わずだまり込んでしまう。そんなカルロに、少し面白く無さそうだけどミーナも視線をけている。

 王女様は、じっと頭を下げた状態で動かない。僕は、カルロにう。

「カルロ、王女様のお願いをくにゃ?」

「…………」

「カルロ、自分の後悔しない道をえらぶにゃ。はっきりと言うにゃ、カルロは一体どうしたいのにゃ?もちろん、どっちの選択肢を選ぼうと僕はカルロの味方みかたにゃ」

「ああ、分かったよ。どの道俺が選ぶんだろう?」

 そう、投げやりに言いながらもカルロはすっきりしたような笑顔だった。

 恐らく、もう答えはとっくにまっていたのだろう。そっとカルロは王女様へ片膝を着いて頭を下げる。

「どうか、俺にもアリサの事を手伝てつだわせて下さい」

「……っ」

「父さんのように上手くは出来ないかもしれないけれど、それでも俺はアリサの役に立ちたいと思うから。だから、どうか手伝わせて下さい」

 その言葉に、王女様は目からあふれ出す涙をぬぐおうともせずに嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

 この時、一体王女様はどんな気持ちだったのだろうか?きっと、悲しくて涙を浮かべたのではない筈だ。嬉しくて涙を流していた筈だ。

 だから、きっとこの後の言葉ことばも……

「はい、ありがとうございます」

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