第18話 サッカーでそれやったらイエローカード二枚貰って退場しちゃうんじゃない?

 それから数日。三年生は学校祭にそんなに関わらないということもあり、学校祭の日付が近づいて来ても熱が入る、ということはなかった。

 それでも、榎戸君や平井さんからは定期的に進捗の報告があったし、小岩君も学校には登校し続けて、写真部の発表の準備も進めているようだった。

 迎えた学校祭。十月最初の土日に開かれる日程となっており、僕の計画本番である後夜祭は、二日目の日曜日に予定されていた。


 三年生は自由参加になっているため、別に登校しなくてもいいことになっている。僕も小岩君関連以外ですることは特段なかったので、土曜日は大人しく家で過ごし、日曜日は登校することにした。笑菜は土曜日も学校祭に行きたがっていたけど。

 そういえば、現実で大学生だったときも、ろくに学校祭なんて行かなかったな。サークルも部活も何も入らなかったから、学校祭で何かをするってことがなくて、結局ただの体のいい休講期間にしか思わなかった。

 ただ、今日ばかりはそんなダラダラしたことも言っていられない。


「……行こっか、笑菜」

「おっけー、楽しみだなあ、学校祭」

 いつもより少し遅めに取った朝ご飯。衣替えで出番がやって来た冬服の制服に袖を通し、僕らは家を出発した。

 街路樹の葉々もすっかり色が落ち、すっかり秋の訪れを強く感じるようになった。そろそろ秋物の上着を用意しないと、少し肌寒く感じるかもしれない。


 土日開催のため、学校の近くまで来ると一般のお客さんもかなりの数が見受けられるようになる。僕らを追い越し追い抜かれる人々の多くが、一様に学校祭のパンフレットを片手に持っている。

 生徒玄関に繋がる正門には、創作の世界ではよく見る手作りのアーチで「ようこそ桜坂祭へ」と書かれている。


「うーん、この非日常感が堪らないよねー、つがゆう」

 そんなカラフルに彩られたアーチを眺めながら、楽しそうに感想を漏らす笑菜。

「ま、まあ、高校の学校祭って、年を取ってからだとすごく眩しく見えるからね」

「現役の高校生でも眩しく見えるよー」

「まあ、それもそうかもね」

「それでそれで、何見てくつがゆう? 色々やってるけど」

 生徒玄関を通って上履きに履き替えた笑菜は、今にもどこかに駆け出していきそうなくらい活き活きとしている。


「えっ、べ、別に僕は今日遊びに来たわけじゃ」

「わかってるよー。でも、後夜祭までは全然時間あるし、小岩君の様子を見るにしたって、半日以上写真部の部室にいるつもり?」

「そ、それは……」

 言われてみれば、笑菜の言うことももっともだ。

 さすがに今日ずっと小岩君と一緒にいると、何かと不自然だし、小岩君だって迷惑だろう。


「なら、いい時間まで色々見て回ろうよ、せっかく学校祭来たんだから、楽しまないと損損っ」

「おわっ、ちょ、えっ、笑菜っ」

「そうと決まれば、早速教室棟にごー」

 僕の反応なんてお構いなしに、笑菜は僕の手を引いてたくさんの人で賑わっている教室棟へと向かいだした。この間の遊園地よろしく、ハイテンションで動き回るものだから、いつの間にか僕はヘトヘトに。


「つがゆうー、自主映画の次は脱出ゲーム行こー?」「あ、つがゆう、あんなところに美味しそうなチョコバナナが」「ねえねえつがゆう、演劇部が体育館で新作やるんだって、見に行こうー?」

 エトセトラ、エトセトラ。

「それじゃあ、家庭科部に行って初芽ちゃんに会いにいこっか、つがゆうー」

 そして、学校祭も終わりに近づいた四時過ぎ。笑菜はそう言って僕の手を引き家庭科室へ。

 スライド式の扉を開いて中に入ると、そこには、


「は、はい。渉くん、あーん」

「は、初芽? だ、誰もいないって言ってもはっちゃけすぎなんじゃ──あ」

 現在進行形で絶賛ふたりの甘い時間を過ごされている平井さんと榎戸君がいた。

 しかし、ドアに対して正面を向いていた榎戸君がまず訪れた僕らのことに気づいて、彼の反応から平井さんも慌てて振り向き、

「っっっ、ち、違うんです、こっ、これはっ」

 突沸したかのように顔を真っ赤に染めて言い訳をしようとする。


「あ、お邪魔しましたー。取り込み中みたいだったね、行こっか、つがゆう」

「う、うん」

 ただまあ、ばっちりと現場を目撃してしまったわけで、笑菜は生温かい目を浮かべながら、すぐに踵を返して廊下に戻る。

 秒も経たずに、物凄い勢いでドアが開かれたと思うと、

「とっ、取り込んでなんていないんで、全然っ、いてくださって構わないんでっ」

 息を切らして平井さんが僕らのことを引き留めに来た。


「でも、普通に付き合いたてのカップルがしそうないちゃつきをしてたしなー。ねえ、つがゆう?」

「……僕に確認とってオーバーキルしないの」

「それを邪魔するのは野暮っていうかKYっていうか」

「はわわわわ、いいんです、ただちょっと雰囲気にあてられただけだからっ」

「ほんのり眠くなるような優しいBGM流しているところに、いきなりヘビメタ持ち込んだ私たちってもう害悪でしかないよねつがゆう」

「だからなんでいちいち僕に聞くの」


「ヘビメタでも害悪でもいいので入っていいですっ」

「うう、初芽ちゃんからは私たち害悪みたいだよ、悲しいねつがゆう」

「僕に聞くのは既定路線なんですねわかりました」

「い、言ったの市川さんのほうなのにっ、ううう……」

 なんか段々平井さんが可哀そうになってきた。

「じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔しまーす」

「う、うう……」

 真っ赤な頬に涙を浮かべる平井さんが、不憫でならなかった。


「っていうか、ふたりしかいないんだね。他の部員さんたちは?」

 家庭科室に案内された僕たちは、足元が広く空いたテーブルに並んでつく。

「……え、えっと、渉くんが様子見に来たら、後輩の子たちが、なんか、変に気を利かせちゃったみたいで」


「「あー」」

「え? なんか俺が悪いみたいになってる?」

「ううん、榎戸君は別に何も悪いことしてないと思うよー? ねえ、つがゆう」

「……僕に聞く必要……もういいや。いや、そうなんじゃない?」

 主に笑菜が醸し出す生温かい雰囲気に耐えきれなくなったのか、平井さんは話の流れを自分から僕らに変えようとする。


「そっ、それよりっ。い、市川さんたちもふたりで学校祭回っていたんだね」

「うん、そだよー。せっかく学校祭来たなら、色々楽しまないと損かなーって」

「……後夜祭、そろそろだもんね」

「酒々井さんの様子は、どう?」

 まあ、僕も僕とて無為に平井さんを弄る趣味もないので、今日の本題とも言えることを確認しておく。


「多少なりとも緊張はしているみたいだったけど、大丈夫そうだったよ。この間、一緒にクッキー焼いたときも楽しそうにしていたし」

「そういえば、クッキーってどうやって渡すつもりなの? そこらへん、ちゃんと聞いてなかったけど」

「一応、小岩君の下駄箱に入れておくって言っていたよ。もし、後夜祭が上手く行かなかったときの保険というか、せめてものお詫びにする、って」

「……直接渡すチャンス、ないかもしれないからね。それもアリか」

「さっき、部室でサッカー部も発表の最後の打ち合わせをしたみたいだけど、酒々井はいつも通りだったって、後輩が」

 ふたりの話を聞く限り、酒々井さんは問題なさそう。ただ、小岩君のほうに関しては、


「あとは、小岩のほうだけど」

「学校には来ているんだよね?」

「ああ。きっちり部室で写真部の発表している。ラインも返事はあった。ただ」

「……ただ?」

「……ただ、『後夜祭来るか?』って俺が聞いたら、後片付けが終わったら帰るつもりだよって返ってきて」

 榎戸君の口から、あまり芳しくない状況が告げられた。


「……そっか」

「俺、説得しに行ったほうがいいのか?」

「いや、榎戸君には会場に残って状況を連絡して欲しいんだ。色々顔が利くだろうし、万が一があったとき、僕より適任でしょ?」

「……万が一って」

「万が一、だよ」

 正味、確率は万が一よりも全然高いだろうけど。


「小岩君のところには僕が行く。必ず、小岩君を後夜祭に連れてくるよ」

「え、えっと……わ、私は何かできることある?」

「平井さんは酒々井さんの側についてあげてて。いつも通りって言ったってやろうとしていることがやろうとしていることだから、緊張しないほうがどうかしている」

「つがゆうつがゆう、私は?」

「……のほほんとした能天気具合は緊張を解すのに好都合だろうから、平井さんと一緒にいて」

 平井さんと足して二で割ってちょうどいい緊張緩和剤になるんじゃないかと期待します。


「なんか、褒められているのか貶されているのかよくわからないよつがゆう」

「ぶっちゃけた話どっちもだよ」

 すると、次のタイミングで、校内に放送が流れた。

「ただいまの時間をもって、桜坂祭、二日目を終了致します。一般来場の方は、ご帰宅をお願い致します。生徒の皆さんは、後片付けを開始してください。後夜祭は、一時間後の午後五時半より開始致します」

「……サッカー部は真ん中よりちょっと後くらいの順番だ。多分、今から二時間後くらいになると思う」

 放送のスピーカーと、その上に架かっている時計を睨みながら、榎戸君は僕に言った。


「二時間ね。サッカーひと試合分くらいか」

「はは、そうだな。でも、延長戦はないって思ったほうがいい。俺だって、できる時間稼ぎはせいぜい五分から十分がいっぱいだ」

「サッカーでそれやったらイエローカード二枚貰って退場しちゃうんじゃない? 十分だよ」

 僕が冗談めかして言うと、一瞬表情を緩めたのち、笑いながらも真剣な面持ちで榎戸君は、

「……頼んだぞ、小岩のこと」

 僕の肩をポンと軽く叩き、席を立つ。


「俺、ちょっとグラウンド行ってくるわ。初芽、酒々井のことよろしく」

「う、うんっ。そ、それじゃあ市川さん、私たちも」

「そうだね、そろそろ移動しよっか。じゃあ、つがゆうも、頑張ってね」

 榎戸君につられて、笑菜と平井さんも続く。

「うん。……頑張るよ」

 小岩君と、酒々井さんを助ける計画が、今にも、本番を迎えようとしていた。


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