第61話:それはより善き未来のために。(壱)

 時は明治43年3月、大安吉日の日は格好の第五回陸軍記念日3月10日であった。そして、その陸軍記念日の折に大礼服を着た明治帝が陸軍の謁見を行う予定の日に、なぜか山本孝三は皇居前にいた。と、いうのも……。

「はあ、陸軍記念日に会いたい、と」

「はい、陛下にあらせられましては、噂の俊英と陸軍の謁見を行いたい、との仰せにあらしゃいます」

「別に何の日でも構いませんが、それがしが陸軍の謁見を行うのは、なんぼなんでも拙くありませんかね?」

「……そのことでは、あらしゃいますがな……」


  ……しくじったー……。

「朕が相手だからといっても、手は抜かないようにな。噂の俊英がどこまでの手練れか、是非見てみたい」

  ……えー、今おいらが何をしているのか、解説したいと思う。

  ……明治帝相手に、近衛師団に存在する歩兵を一個連隊分率いて軍事演習を行え、と、明治帝に命ぜられました(泣)

  ルールとしては単純明快で、陸軍演習場に存在する双方の連隊を動かして、連隊旗を奪って自分の陣地に持ち帰った方が勝者。敗者は「どんなことでも命令する権利」を得るらしい。

  ……なんでそんなことを……。

  とはいえ、これは明治帝に禁酒命令を出せる絶好の機でもある、いくら酒を最近は控えているとはいえ、一滴も飲んでいないわけではあるまい、だったら、やるしかない。それに、明治帝も別にご無体な命令はしないでしょ、いくらなんでも。……きっと、そうだと、信じたい(汗)


  眼前に翻るは、どこの連隊かは知らないが連隊旗。勿論、目立つ丘に掲げられている。この当時連隊は何個大隊で何個中隊だったっけ。面倒くさいが、その辺の記憶を引っ張り出してどうにか命令を下す。とはいえ、ぶっちゃけわちきには部隊指揮能力なんぞあるわけがない。よって、大隊長格の将校を呼び出して、簡潔明瞭な命令のみを伝える。一応、サーベルとか銃弾とか、そういうのは勿論模擬弾模造刀の類いではあるが、当然ながら当たれば痛いし、騎兵とかはそのままきっちり騎馬にのってやってくるわけで、その辺に関しては模擬訓練ないしは遊びの戦いとはいえ、きちんと真面目に設定してある。

  故に、やることはただ一つ。大隊長格にほとんどの裁量権を渡して、現場の判断に任せて、わちきは連隊旗を守るわずかな部隊とともに、座して寝るだけである。……まあ、さすがに寝はしないが、当方に迎撃の用意なし、すべての責任を取るだけの覚悟のみをして、大部分の行動を配下に任せるだけ。

  ……そもそも、責任者とは責任を取って死ぬだけの職業である、今回は別に死ななくても良いが、白虎隊がなぜ集団切腹に及んだかと言えば、すなわちそういうことである。今は少しでも有用な戦訓を導き出させるために、当方は犠牲になるだけである。

  ……正直、本音を言うと今すぐにでも逃げたいが、明治帝の戯れに付き合って、何かしらの成果を残せれば僥倖である、というか、明治帝はなぜこんなことをしたがったのか……。マジでそれだけが、不明。


「陛下、どうやら噂の俊英は配下にすべて任せて自身は本陣で寝る気らしゅうございます」

「……豪儀だな。ある意味、将校にはうってつけの人材かもしれん」

「と、仰いますと?」

「簡単な話だ、かの俊英は、責任の取り方を知っているらしい」

「……はあ」

「しからば、第一大隊構え、何人たりとも本陣に侵入させるなよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る