第60話:白衣の鬼神(後)
「……い、いつ私の正体を……」
この少年、知っていて今まで演技をしていたのか!? あるいは、侍従長という立場をも平行に考えうる天衣無縫なのか、それとも……。
「んー? ……ああ! ……すみません、私は耳が良いもので。配下の方が侍従長さん、って言うのが聞こえちゃいまして」
ん? なんか面白い顔してんな。明治帝の症状悪化じゃないなら、なんで来たんだ? いやでも人の容態なんていつ急変するかわからんしな。そして、明治帝の寿命、じゃなかった、宝算だったかな確か、は明治45年なんだし、月日までは憶えてないけど、それなりにきちんと養生しても50年まで伸ばせればいい方だろう。そして、大正帝のことも考えなきゃな。一説には世界大戦に対する韜晦の結果とも言われているけど、さて。
「……そうなのか?」
……この少年、どこまで本気だ。そして、単なる生来の才覚ならば、どこかで正しく伸ばし直してやる必要もあるか。
「ええ、私の耳は、いわゆる地獄耳というやつらしく。ある程度までのささやきなら拾えますよ。……まあ、静かな環境なら、って条件はつきますが」
なんで今世の肉体も耳がいいのかは知らんけど、そもそも曾祖父の肉体使ってるんだし、遺伝的様相もあるんだろ、きっと。そんなことよりも、だ。明治帝の容態悪化が原因では無いならば、一体何の用で来たんだ?そっちの方が重要だし。
「…………そ、そうなのか。それは、取り乱して済まなかった。部下は、後で叱っておこう。そんなことより、陛下の病状が悪化した、とはどういうことかね」
「ああ、いえ。……以前謁見させていただいた折は、調子が良さそうに見えましたが、あれから容態が急変したから侍従長さんが私を探しに来たんですよね?」
「……ああ、いや、陛下は、一応、小康状態が続いておる。否、君が処方した薬をきちんと飲み、酒を控えている現状、却って良くなっているくらいだ。そのお礼も言いに来たこともあってね。酒は飲まないのであれば、少し料理屋なんてどうだ。おごるよ?」
ふむン? ……よくわからンが……、まあいいや、ノリのかかったハゲだ、乗っておこう。
「……よろしいので?」
「うむ、こう見えて、懐事情は良い方なのだよ」
「……有り難うございます、侍従の方々相手ならば、護衛の人も安心するでしょう。と、いうわけで、どうせ居るんだろ? 送迎だけでいいぞ、店の中まで入ってくんなよ」
一応、忠告しておいてやるか。どうせその辺に護衛がたむろしてんだ、言うだけ言っておこう。それに、侍従の人とかだったら、特に心配させる必要もなかろ。
「……どこに居るか、把握しているのかね?」
「いいえ? とはいえ、私が叫んだら1分もかからず駆け寄ることの出来る位置には控えているはずですから」
問題は、どこにおるんかおれもわからんこっちゃな。まあ、それ自体はドーデモーイんだが、最近声が出づらくなってるから、その辺だけは注意しておかんと。
「……そうなのか、すごいな、君は。いろいろな意味で」
「もっと褒めてくれても好いんですよ?」
「ははは……、ところで、どこが好いか、とかあるかね?」
「料理屋ですか? おごられる手前、それはお任せしますよ。ただ、強いて言うならば……、宮内省御用達とか皇室御用達なお店でお願いします」
「あ、ああ。任せておきたまえ」
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