第54話:勅撰議員(序)

 明治43年2月に天皇陛下を暗殺する計画が発覚した、いわゆる「大逆事件」の露見は帝国を震撼させた。だが、露見して捜査が開始されてからの足取りは、思いの外慎重なものであった。と、いうのも、山本少年が遅攻策を提案したことにより、あえて容疑者を泳がせ一網打尽にする計画の基、内務省は算段を練り始めていたからだ。後に雑誌「古城門」をも利用した大捜査線は、結果的にとはいえ山本の新党設立を以て完遂されることとなる……。

 そして、そうこうするうちに山本にある知らせが届くこととなる。その知らせは山本本人にとっても予想外だったらしく、古城門の編集日誌にも「非常に驚いた」と書かれることとなるが、山本以外からすると、なぜ驚くのかといった知らせであった。

 と、いうのも……。

「……恐れながら、今一度仰っていただけますか」

「うん、じゃあもう一度言おうか。……山本君を勅撰議員に推薦する声があってね。山本君の年齢では推薦対象には早いだろう、という声もあったんだけど、今回の大逆事件走査線の作戦立案者であるということもあって、どうやら特例で認められるらしい」

「…………」

  えっ、えー……。

 本来、勅撰議員対象者は30歳以上となっていたが、山本少年を将来的に首相に推すために勅撰議員として場数を踏ませよう、という声が上がったのは、明治43年の1月頃であった。しかしそれとて年齢制限のこともあって、沙汰止みとなる、はずだった。

 最初の転機は、大逆事件走査線の作戦立案者が山本少年であることが判明したことであった。それにより、内務省から山本少年を推挙する声が増しており、さらには若い力の象徴として山本少年を代議士にしておけば何度も戦役に晒された若者の不満もなりを潜めるだろう、という腹黒い計算もあった。

 そもそも、何よりも元老にとって、後継者育成の課題は懸念事項であり、山本少年という器はそれに合致しうる、と認められたこともあって、闇将軍的存在が彼を指名した、ということも大きかった。その存在は、まだ明かされないものの。

 そして、次の転機は明治帝が自身の体調恢復が山本少年の手によるものであると知ったことであった。さすがに、御典医指名こそ無かったものの(まあ、それを仮に行ったとして山本少年は「責任が重大過ぎる」と拒否った可能性があるが)医師や薬剤師育成の長官的存在にするにはうってつけの人材であったこともあり、山本少年をまずは自身の目で見ることを所望したこともあった。

 さらに、山本自身のライフプランにもある「自身の曾孫、つまりは自分自身の掲揚」を行うに当たって、勅撰議員として指名される行為はそれなりに誉れ有り、さらにはライフプランにも沿うものである、はずだった。

 そして、様々な紆余曲折はあったものの、山本少年を勅撰議員に据え、その折に明治帝に御目見得させる、という計画が綴じられたのは、明治43年度の4月1日を期限とするものであった。

 そして、高橋是清は山本孝三がそれを喜ぶだろうと思い、知らせたわけだが……。

「恐れながら、ご辞退したく存じ上げます」

「……年齢制限の件ならば、特例として認められることは話したよね」

「…………この重責に耐えられる自信は、ありませんよ?」

「その当たりは、元老の補弼がある、っていえばいいかな。難にせよ、大日本帝国はまだ一流の人材を代議士として使わざるを得ない国家なんだ。それは、わかっているね?」

「……………………」

  どうやら、退路は、無いようだ。


 数分の沈黙、長い長い扉をこじ開けたことになるその一連のことは、山本少年が耐えることのできないものであった。そして、口を開いた少年は、開口一番こう言ったという。

「……どうなっても、知りませんよ?」

 彼は、自身の運命を受け入れ、安寧の道を諦めた。まあ尤も、彼が彼であるためには、仕方の無いことであったのだが。

「やってくれるかね」

「就任期限はいつ頃になりそうですか」

「年度末までは、平民でいられると思うよ」

 それが、意味するところは、つまり。

「……それでは、高橋さんの秘書という役職は」

「まあ、放免となるね。これからは、同じ代議士同士になる」

「……今まで、有り難うございました」

「よかった、本気で断られたらどうしようかと思った」

「……その様子では、爵位打診もあるんでしょうか」

「うん、さすがに公爵や侯爵は厳しいと思うけど、伯爵くらいまでならば調達する気らしいよ」

「…………」

  本当に、どうなっても知らんからね、俺は。

 山本が爵位に就くのは、まだ早いものの、概ね新年度からは勅撰議員として貴族院に立つことが確定した。曰く、山本が爵位に就くタイミングについては本人曰く、「脇坂子爵がみまかる前に、妻と婚姻届を出してからにしようと思います」と言っていたという。

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