第53話:FATALITY(仮題)
うーわー、なんかみんな難しそうな話してるー……。
明治43年2月、紀元節もほど近きその時節によりにもよって大逆謀略が存在したと発覚した際の政府の動きは素早かった。山本自身は後に振り返って「そもそもアカに人権などない、というのが私の思想的立場ではあるのだが、それでも憲法の脆弱性が明るみに出たのは間違いないことである。でなくばわざわざ欽定憲法の改訂などするわけがなかろう」と発言していた(なお、欽定憲法が改訂されることが問題視されただけで、アカこと社会主義者系列の、つまりは左翼に権利などない、というのはソビエト連邦の一悶着や後の第二次シベリア遠征ことスオミ救難戦役を見た人々にとっては自明の理であった)ことからもわかるとおり、ここで明治帝を暗殺しようとしたということは、殊の外本朝において左翼が投石対象となりうるだけの思想でしかない、ということを決定づけた。だが、山本少年はこのとき、別の勘案があったという。
「さて、山本君。君ならどういう戦法を取るかね?」
「……芽を摘むのは楽でしょうが、対処療法でしかありません。ここは一つ、危険を承知で泳がせてみてはいかがでしょうか」
「……どういう意味か、わかってていってるかね?」
「ええ、根がはびこり、根治できない状態の病巣になるよりは、これを機にアカどもの国際的ネットワークを見つけて一網打尽にし、大日本帝国の名声を世にとどろかせた方が結果的に最適解となるでしょう」
「して、その方策とは」
「……私は知恵袋ではないのですがね……」
ええい、ここまで問われてしまった以上しょうが無い。恨むなよ、アカども。元はと言えば貴様等が教職員に入り込んで反日感情をあおって俺様を虐待したのが悪いんだからな!
「まずは、教育関係者を洗い出してみましょう。共産主義は洗脳政策を行う際に学問の形態を取っていますから、おそらく大部分の感染者が確認できるでしょう。
次に、朝鮮半島を経営する税金があるのならば賊軍の地などと厭わずに東北や北海道に投資すべきです。幸いにして、米という作物は品種改良さえすれば寒冷地でも育つという千里眼を導き出しております。
さらに言えば、朝鮮半島は正直なところウラニウム原石と朝鮮人参以外には見るべき産物はありません。現地の原住民を教化するのは端から諦め、人足や炭鉱夫などで使い潰してしまいましょう。
そして、国内で人売りや間引きなどの悪習が無くなってから、初めて打って出ても遅くは無いと思います。と、いうのも……。
……そのうち、ヨーロッパで大規模な戦争が起こります。その際に、変な疫病も出てくる可能性があります。そうなった際に、大日本帝国はたくさんの工業製品を算出する立場に立てば良いではありませんか。
そのためには、ここでアカの芽を摘むのでは無く、一通り集まってから懲罰部隊を編成してヨーロッパに陸兵を捨て石として送り込む方が、よほど国のためになるでしょう」
……それは、とんでもない謀略であった。彼はつまり、意図的にこの事件を見逃す振りをすることでアカを増長させ、ある特異点になった瞬間に一網打尽にするという戦法を考案した。
危険な賭けであると同時に、明治帝の命にも関わることであった。だが、彼はある算段を以てこの方策を立案することにした。その、算段の内容とは。
「そもそも、支那とその万年属国の類いは本朝を理由も無く下に見ております。それを諭すのは物理的に不可能でしょう。それならば、恨まれてもいいから数をとにかく減らすべきです。幸いにして、この当時まだ人権派など存在しないでしょうし、さらに言えばそういうことを国内で言う輩は裏で敵国とつながっております。そもそも……支那は満州の石油地帯以外は特に必要ない地でしょう。いっそのこと、大陸の権益は万里の長城より北でとどめておき、ヨーロッパに支那を荒らさせるだけ荒らさせてしまいましょう。南京虫にどれだけ恨まれようが、そんなことに対する同情心は屑籠に放り込んでしまいましょう。それに……」
「それに?」
「アカはどうせいなくなります。ヨーロッパで戦争が勃発すれば、ですが」
「……どういうことだ?」
「……ロシア帝国が、アカに占拠されてしまいますから、アカどもにはそこに行って現地を見てこいということにしましょう。連中の精神は日本人ではない以上、心の祖国に帰した方が双方のためですから」
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