第49話:「漫画」の誕生(前)
「帰る」
「は……はっ!?」
明治43年1月も下旬、久々の全日休暇を取った山本孝三は「隊長さん」に勧められるまま外出の後「大人の遊び場」に連れていかれたのだが……。
「なんで好き好んで女などと遊ばねばならん。別に子を成すわけでもあるまいし」
「……坊ちゃんは、女人はお嫌いですか?」
「ああ、嫌いだね。女に性根の明るい者はおらんと思っておる。ましてや、女遊び? 情報を漏洩するような真似をわざわざ行うなど、正気の沙汰とは思えん」
……「坊ちゃん」は遊女屋の前で「隊長さん」相手に駄々をこね始めた。それも、入りたいと駄々をこねるのではなく入りたくないと駄々をこねるのだ、ある種前代未聞と言えた。
「しかし……」
「せっかくの休暇だというのに、なぜ女と関わる必要がある。それだったら原稿書いてた方がマシだ」
「それならば、賭場に向かいますか?」
「やだよ博奕なんて。なんでわざわざ損をせねばならん」
「……賭場で損をするとは限らんでしょうに……」
なんともやれやれ、この「坊ちゃん」は少々清廉すぎる。これでは清濁併せ吞むといった業は熟せないだろうに。
「隊長さん」は「大人の遊び場」に「坊ちゃん」を入らせることによって免疫をつけさせようと思った節があったのだが、この「坊ちゃん」は「飲む・打つ・買う」といった行為に何らかの忌避感があったのか、あるいは清廉でいようと思ったからなのか、それは定かではないが、なぜか酒も飲まなければ博奕に行ったこともなく、さらには女遊びもしたことがない、という根っからの清廉派であった。後に政敵や敵対派閥が山本の弱点を探ろうとしても探れなかったのはこの辺りにあるともいわれていたが、意図してそれを行っていたのか、それとも単に天然で行っているのかは、今の段階ではまだ不明であった。
「しからば、どのようにして遊びまするか?」
「……そうだな。出入りの職人が居たろう」
「は、ははっ。出入りの職人なら複数おりますが、どの家に向かいまするか」
「絵師の家に行こう。新しい表現を試したい」
「……坊ちゃん」
「いいだろ別に、これが俺の遊び方だ」
そして、「坊ちゃん」はまたしても休暇中だというのに仕事の話をし始めた。とはいえ、「坊ちゃん」によると表現を行うのは「坊ちゃん」にとっては休暇であるという。「隊長さん」は不承不承「坊ちゃん」を絵師の家に案内した。
「おう、誰でぇ。鍵なら開いてっぞ」
いかにも「職人」堅気な挨拶を扉の後ろの客人に言い放つ「絵師」。名はまだ出ていないが、「山本の贔屓」というだけでも彼にとってはかなりの業界での名声となっていた。
「それでは御免」
そして、それに対して返事をする「隊長さん」。無骨な恰好ではあったが、姿形に反して彼が紹介した絵師であることからも、彼は
「……ちょっと今出入りの仕事から離れてんだ、絵は踏むなよ」
「ああ、心得ておる」
「……!? 隊長様ではいらっしゃいませんか。しからば……」
片目聞きで「隊長」の声を認識した後、振り返って「隊長」の背格好を確認するやたちまち改まる「絵師」。そして、「隊長」がいるということは眼前の子供はいう必要もないレベルであった。
「邪魔するぞ、職人」
「や、山本様!? 此度は斯様な長屋に何用で……」
「改まらんでいい、ちょっとおもしろい表現を試したくてな」
「は、ははっ!!」
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