第50話:「漫画」の誕生(中)
「コマ割り、でございますか」
「無論、それだけではないぞ。遊びにパテントは無いとはいうが、いや、だからこそ、奴儕に先駆せねばいかん」
「は、はあ……」
なんともやれやれ、山本様はいつ来るか判らんから恐ろしい。常時抜き打ちの評価が飛んでくるとあっては手も抜けんし……。……だが。
職人は、山本孝三の指示通りの絵を描いていたが、山本がつけた注文とはつまり、コマ割りや効果音、あるいは吹き出しにナレーションといった、つまりは現代漫画の結晶とも言える魔法陣グルグルの再現であった。無論、さすがにそのまま全てを再現するのは不可能であったのだが、「山本様御指定試製壹號案」と称する僅かに八頁の「漫画」は、非常に読みやすく、尚且つ面白く、さらに言えば教養にもなるというとんでもないレベルの作品であった。
「今後、「古城門」では期間限定ながらこの「漫画」を掲載するぞ」
「ま、毎号でございますか!?」
「職人には迷惑を掛けるが、その分の賃金はきちんと割り増しで払う。それとも、株券の方がいいかね?」
「め、迷惑などとんでもない! ただ……」
「ただ?」
「報酬だけははずんでくださいよ!」
「糸目は付けん、存分に腕を振るえ!」
「ありがてえ!」
……山本は、絵師職人や活劇画職人など、これと決めた職人相手には報酬を存分に振るう上に、渋ることも無ければ期日を前倒しで払うことも厭わない、さらに言えば、無用な注文を付けることも無い、非常に職人にとっては理想とも言えるパトロンであった。
一説にはこの時代にアニメーション会社を立ち上げようという計画もあったと言われている(後に、山本が脇坂の遺言通りに「せい」女史の家へ戸籍上は入り婿となった際に苗字を変えたことの契機として様々なプロジェクトを立ち上げたのは、皆記憶にも新しいだろう)が、それはこの時代から始まっていたとするならばウォルト・ディズニーよりもよほど早期の展開であった。
何せ、山本の通称で最も彼が好んだのは「娯楽王」である。しかもこの「娯楽王」は自身の手や利権という観点よりも、娯楽業の発展と進化にのみよほど心血を注ぎ、長らく表現規制の媼の手より最大限に娯楽産業を保護し、拡張し、そして大日本帝国の娯楽産業に於いて彼の影響を知らぬ者はいないという状態にまで築き上げるのである。その象徴たる所以が、「任天堂裁判」である。
少々未来の話になる上に、裁判ではなく結果として示談、しかも大幅な山本の譲歩による、に終わったその「裁判」だが、まあ要するにわかりやすく言えば大日本帝国の娯楽産業にケチをつけようとしたポリコレ勢の謀略に対する山本のたった一つの冴えたやり方である。何せ、山本が後に築き上げる、所謂「帝国ゴラク制作研究所(通称「帝ゴ研」)」の権益を任天堂が侵害したのではないか、という第三者の訴えに対して「著作権は親告罪である上に、任天堂ほどの娯楽精通者が侵害などするわけがなかろう」という鷹揚な構え方をした上に、「非常事態を除き、任天堂の買収を行う気は無い。そして私の死後著作物は万民の臣民が使えば良い、著作物は完結捺印か作者の死を以てオリギナールの制作を終えるのだから」といった、いわば「著作権の延長」という態度に対して非常に簡潔に、「そんな利権の拡張は許さん」と、業界の重鎮が言ってのけたのだから、それだけでもどれだけ潔いか。
ちなみに、その「侵害内容」だが、つまるところ「オーバーオールのイタリア系日本人」が活躍する漫画「正男英雄伝」の主要人物を任天堂の電戯である「スーパーマリオブラザーズ」が真似た、というものであるが、山本自身が「千里眼で任天堂の活躍を当時から知っていただけだ」と言っていたというのが公式記録であり、山本孝三の千里眼というものが文字通りの未来予知であった、とも囁かれている一件である。
……なお、「正男英雄伝」の内容自体は、イタリア系日本人の「正男」がアンクルサムのような外見をした卑劣なアングロサクソンが産み出した亀の化け物に対して徒手空拳で立ち向かう、という娯楽技術の向上した現代ではそこまで面白みのないものではあるのだが、この時代に「コマ割り」が出来ていて、「起承転結」のはっきりしている、「効果音」や「吹き出し」、それどころか「ナレーション」のついた、「文章よりも肩の力を抜いて読める」、「漫画」というものがどれだけのオーパーツであるかは、語る必要も薄かろう。そういう意味では、彼はまさしく「希代の人」であった。
なお、当時から山本孝三がアメリカ合衆国を目の敵にしていた理由とは、今のところ誰も知る由が無かった……。
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