第48話:黒姫一号
明治43年、ポーツマス条約を経て、日露協約が締結されたことによって日露戦争を終えてもなお混迷を抜け得ない状況の中、世界初の戦闘用航空機の発明に成功した人物がいた。……この時点でだいたい察しはついたと思うが、山本少年である。
とはいえ、彼が行ったのは二宮忠八と矢頭良一を引き合わせて協議させたことだけであり、その契機というのも山本の経営する病院で肋膜炎の療養中だった矢頭良一の評判を聞いた山本が急ぎ二宮忠八を探し出して、という例によって遠眼鏡じみた行動であったのだが、これにより大日本帝国は抗生物質、防弾着に続いて外貨獲得の手段を得、後にヨーロッパで行われた大戦争において未曾有の好景気を成し遂げることとなる。
そして、世界で初めての戦闘用航空機、いわゆる「四三年式戦闘機」は世界に衝撃的な驚愕を以て伝わった。何せ、ライト兄弟が有人飛行に成功してから10年と経過していないのである、さらにはライト兄弟の特許を侵すことなく、独自の機構を以て有人飛行を成し遂げ、空砲ながらも射撃を行い、模擬弾ながらも急降下爆撃を行ってのけたという。
山本自身も「日露戦争に間に合わせたかった」と語っている通り、これが日露戦争に間に合っていれば戦局はどう動いていたか……。
なにはともあれ、山本は自身の立場を利用することに恐れなかった。とはいえそれは強い力を持ったことをわからぬ子供、というよりは強い力を振るうことに躊躇しない復讐者、といった方がより真実に近かったのだが、それを語るのはまだ早いか。
そして、輸出用の「四三年式戦闘機」こと「黒姫一号」の出荷が急がれる中、山本は久々の休暇を取っていた……はずだったのだが。
……坊ちゃんは、相変わらずタイプライターと格闘していらっしゃる。和文タイプの使い方も覚えてくださったようだが、今は休暇中のはず。ここはひとつ、言って聞かせねば。
「坊ちゃん、何をしていらっしゃるのでございますか?」
「新刊用の原稿」
「……坊ちゃん……」
そして、二の句を告げようとする前に、坊ちゃんは正答を言ってのけた。そのあたりは、さすがというべきか、わかっているなら
「せっかくの休暇なのに仕事をするのは子供らしくないってか?」
「……それを理解していて、なお行うわけでございますか」
「悪いか」
「あたりまえでございます、休む時はしっかり休まねば、下の者に影響してしまい、彼らも休めませぬ」
なんともやれやれ、坊ちゃんはもはや人の上に立つ人、つまりは規範となる必要がある。なれば、休む時にはしっかり休んでもらわねば、下の者の気が休まらぬことくらいお分かりでございましょうに……。
「……そりゃ、悪かった。では、しっかり休むとしよう」
「……ありがとうございます」
そして、坊ちゃんはようやくタイプライターから手を休めてくださった。うんうん、それはよろしいことだ。だが、問題は、坊ちゃんは15足らずにしても相当に才の立つお方であり、大人びている。それ自体は、本来なら長所なのだが……。
「とはいえ、今更玩具で遊ぶのもなあ……」
……そう、おっしゃるとは思っておりました。
「ああ、それであれば、ご安心くださいませ」
「?」
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