第41話:Untitled-Case(前)
まあ、そうなっちゃうよねえ……。
「最初は、良い拾い者をしたと思っていた。だが、明らかに君はおかしい。しかし癲狂院送りの患者にしては、明らかに君は論理性に満ちた発言をしている。言動もまともだ。……君は一体、何者なんだ」
眼前の幼さの残る少年を見る高橋是清の目は、断じて先ほどまでの慈愛と憐憫によってではなかった。その視線の要素は、紛れもなく「警戒」であった。それも無理からぬことで先ほどの油田の予言といい、後にアメリカ合衆国に雨霰と降り注ぐ、未だこの世には欠片も存在しない反応炸裂兵器――いわゆる、
「躻者の戯言と、嗤って貰って構いませんよ」
自嘲と諦観の入り交じった顔で、溜息交じりに嘯く山本少年。それに対して、高橋是清は多少ドスの利いた声で一喝した後に慌ててそれを糺し、なだめるような、あるいはすがるような口調で続きを発言した。
「話を逸らすな。……教えてくれ、君は一体、何者なんだ」
そして、高橋是清は、衝撃の発言を聞くこととなる。それは。
「……山本孝三、その曾孫でございます」
……それは。まさしく。山本孝三の正体であった。彼は山本孝三の、その息子の息子の息子であった。言ってしまえば、彼は三代後からここに来た、未来人のようなものであった。そして、通常の未来人と違うのは、未来を変貌させることに何の憂いもためらいもない、いわば未来に対して恨みや憾み、つまりは怨みしかない人間であった。
「……どういう、意味だ」
論理としては理解したが、本能では到底納得し得ないことを告げられた高橋は、より詳しく聞こうとした。無理からぬことだ、あの世などというものは存在しない、それが科学に基づくものであった。無論、科学というものがあの世的存在を証明し得ない現状もあったが、唯物論的に考えれば、普通は「あの世」なるものは存在し得ない、というのが明治以降横行した反オカルティズムの常識とも言えた。だが、眼前の現象は、それを否定した。
「まあわかりやすく言えば、大日本帝国が潰えた未来から来た、ただの書生です。ただし、怨念に満ちあふれた、とでも申しましょうか。ゆえに私は、この怨念を晴らすために、行動しております。だから、私には愛国心というものはあまりありません。忠義の心も、あるかどうか怪しい。あるのは、怨念。アメリカ合衆国とソビエト連邦、そして支那に対する、大いなる怨念。そんなところです」
それは、驚愕の未来であった。未来の破滅が驚愕すべきこともあるにはあったが、それ以上に高橋が信じられないのは、眼前の少年がまず間違いなく、未来からの来訪者であったことだ。
「……信じろって?」
思わず、訝しむ高橋。それに対して山本孝三の名と姿を偽る「怨霊」は、それを信じなくても良い、ただ怨念を晴らしたいだけだ、と語った。
「信じたくなければ、別に構いませんよ。私だって、今の発言を自身で信じていませんから」
「……多重人格であると白状してくれた方が、まだ楽だったよ……」
無論、多重人格にしては妙である。何せ、彼達も知らない知識であり、同時にそれを知り得るということは多重人格で説明を起こすには明らかに非科学的であり、また同時に非論理的だからだ。
「ここが日本で幸いしました。切支丹共のような愚昧な輩に同じ事を告白した場合、良くて魔女裁判、下手すりゃそのまま異端者扱いですから」
そして、山本孝三は自身を「悪魔憑きとかと間違えるな」と言い放った。とはいえ、白人種からしたら間違いなくその現象は、「本物の」悪魔憑きと言っても、まず差し支えないものであったわけで、それが空想上の「悪魔」ではなく、連合国自身が行った悪政苛政や極悪非道の所業が生み出した「因果応報」なだけであった。
「……僕のことを、その「愚昧な輩」だと思わないんだね」
「ええ、少なくとも、日露戦役を戦った人間の中に、愚昧な輩は存在していないと思いますので」
そして、彼が「人間」と発言した中に、白人種は含まれていなかった。彼からすれば白人種とは、畜生同然の忘八者に過ぎない、すくたれものであったからだ。
「…………」
「実はこの話、親兄弟にも話しておりません。一番最初に告白したのは高橋大臣、貴方様だけでございます」
実は、山本孝三はこの発言を親兄弟にもしていなかった。無論、それは使用人にしても同様であり、彼自身一生墓場まで持って行こうかとも思っていた、本当の「極秘情報」であった。高橋是清の知性が天岩戸を開けたわけであり、彼自身も想定外の事態ではあった。
「……そうかい」
「さて、どうしますか?噂の神童麒麟児の正体、それが枯れ尾花だと知った高橋大臣は、いかがなさいますか?」
なぜ、それが枯れ尾花なのか。それは、彼はあくまでも平成を生きてその技術力を知っているだけの、つまりは巨人に乗る凡夫に過ぎないことであったからであり、超絶無比の大天才などではない、という意味で彼はそれを言った。とはいえ、平成の技術力を部分的にでも持参できたのは間違いなく彼を超絶無比の大天才と言いうる外見にみせかけることができた事実であった。
「…………」
そして、高橋是清は決断することになる。
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