第40話:年がら年中キャットファイト(仮題)/後

「……満洲が重要な土地なのは知っている。とはいえ、資源があるとなると、さらに重要になるね」

 満洲の資源。それは言うまでも無く読者世界で言うところの「大慶油田」であった。原油の質こそそれなりでしかないものの、満洲で油田が吹き出ると知っていた場合、開戦を決意しなかったのではないかと推察される程度には、重要なものであった。まあ無論、ルーズベルトが存在する限り日米戦争は起こるのは確定なので、無意味な推察ではあるのだが。

「はい。実は、朝鮮半島にすら、資源は存在しまして」

 だが、山本孝三は巷間の言説のさらに上へ昇ることとなる。朝鮮半島にある資源を掘り起こす意味。それは、言うまでも無く……。

「……どういうことだい?」

「地名付きの白地図を広げてもらえますか」

 そして、山本は白地図を要求しはじめた。そして、彼は本格的に読者世界を以て叙述世界をカンニングしはじめた。……ただ一つの、誤算を除いて。

「あ、ああ」

 そして、山本の目の色が変貌したことを見て取った是清は、急いで資料室から自力で白地図を取り出しはじめた。無論、それは誰にも聞かれないためであったのだが。


「まず、満洲の資源地帯から解説致します。できれば、メモは取らずに自身の脳裏にのみ収めてください。どこから素っ破抜かれるかわかりませんから」

 山本のカンニング、それは大日本帝国に今のうちに資源を備蓄させるための行為でしかなかったのだが、彼は端っから大日本帝国の生存策以外を考えていなかった。何せ、アメリカ合衆国からいくら怨まれても「うぬらの犯した所業の方が重い」と言い放ったというのだから、それは怨念への報復を根幹としたドクトリンといえど、流石に異常ではあった。まあ尤も、彼は国際社会においては逆に正常とも言えたのだが。

「……それほどまでに、重要だというのかね?」

 そして、今から山本が行うカンニング行為がそれほどまでに重要なものだとは流石に想定していなかったのか、メモを取り出そうとした是清は、妙な感情に支配されはじめた。いや、まさか、そんなことはあるまい、などと思いながらも、直感はそれを「是」と思うべきだと思い始めていた。

 そして、山本のカンニングが始まった。否、それはカンニングだのチートだのといったものではなかった。怨念の、怨念による、カタルシスのための報復。それが叶うのならば、彼は平気で悪魔にだろうが魂を売りかねないだけの怨念を抱え込んでいた。

 ……まあ尤も、彼のを完全に晴らそうとした場合、地球の人口は軽く過半数は削れる程の怨念であるのだが。

「はい。……満洲の黒竜江省、チチハルからハルビンの間の線分上に、大規模な油田が存在します。伏せておきたかったんですが、やむを得ません」

 そして山本少年は、正真正銘逆浦転生者にしかできない行為――すなわち後出しじゃんけんに等しい知識による先駆――を行いはじめた。白人種にとって不幸なことに、彼は白人種を葬るためであれば、文字通りなんだってやってのけた。まあ、白人種を葬るためというよりは、アメリカ合衆国に仇討ちを行うためであるのだが、ほぼ同一の物理的現象であるため、無意味な差違とは言えようが。

「…………」

「次に、朝鮮半島には、ウラニウムが存在します。……まあつまりは、とんでもなく強力な爆薬の材料だと思ってもらえれば」

 そして、続いて発言したのは、北朝鮮がなぜ核実験をできたかの、ある種の確証とでも言うべき案件であった。無論、北朝鮮とて無尽蔵にウラニウム鉱山があるわけではないのだが、少なくとも核兵器を製造できるということはウラニウムなりプルトニウムなりが容易に調達できる、ということである。それが輸送にせよ、現地調達にせよ、山本孝三は北朝鮮の核実験物資を、早期に発掘し、アメリカ合衆国に原爆としてばらまくことに何の躊躇も見せなかった。

「…………」

「他にも、インドシナ方面にも同じく油田が、そして一番重要な情報があります。……心して聞いて下さいね」

 さらに加速する逆浦的智謀、今度は白虎油田のことを発言しはじめた。とはいえ、その白虎油田は海に面しているわけで、発掘に手間は掛かるが、あると知っていて行動する場合、それなりに短縮できるといえようか。さらには。

「…………」

「……日本の地下に、大規模なガス田が存在します。とはいえ、とんでもなく深い場所にあるので、今のところ掘り出すのは難しいですが」

 メタンハイドレートまで予言しだす山本少年。無論、平成でも発掘できていないわけだから、それなりに技術力は必要であったが、それでも彼は、あくまでも先駆を続けだした。……眼前の大臣こと、高橋是清がとてつもない表情をしているのに、気づく由もなく。

「……君は……」

 遂に、高橋是清といえども二の句を告げはじめた。と、いうよりは、眼前の小僧がどう考えても常人のそれどころか、天才鬼才ですらない、文字通りの人外であったことに、今ようやく気づいたわけで、それはすなわち、彼にとって計算外とでも言うべきものであった。

「……正直、この手だけは使いたくなかったんです。大日本帝国が資源に乏しいというのは国際常識な上に、その国際常識を逆手に取るためには、なんとしてでも隠しておくべき情報でしたから」

 そして、大日本帝国が資源に乏しいということを国際常識として誤解させたままにしたいと呟いた山本は、その意味を後に「だって、過小評価させて油断させた方が、戦争を行うに当たって楽ではありませんか」と告げる程度には、何もかもを利用して、アメリカ合衆国を滅ぼすことに熱心に取り組むのだから、その怨念たるや、どこまでの深さや濃さがあったというのだろうか?

「……君は、一体……」

「……それはそうと、一応三の矢も存在しております、聞いてみますか?」

 そして、山本が少年の皮のまま発言を続けるのに対して、是清は魑魅魍魎でも見るような目で、山本孝三を睨付けた。しかし、その目は睨付けるというよりは、怯えたものであった。それは、確実に……。

「君は一体、何者なんだ」

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