第39話:年がら年中キャットファイト(仮題)/中
「無茶振りなのは理解している。とはいえ、古城門の編集長様だ、何か良い案があると期待しているのだが……」
無茶振りであるとあらかじめ発言する是清。とはいえ、山本には腹案がある程度存在していた。だが、彼自身それは切り札として取っておきたかったとっておきの策であり、また彼は、それが破綻することもよく理解していた。ゆえに、ためらっていた。
「…………」
参ったな、あるにはあるが、流石に出す切り札としてはなんぼなんでも早すぎるし……。
「……流石に、君でも打つ手はないかね?」
是清は、無茶振りを反省した。いかに眼前の才子が異次元の才子とはいえ、所詮才子である。ゆえに、自身で取り組み直そうとしたのだが、眼前の才子は、ただの才子ではなかったようだ。
「……一つだけ、あります」
……実は、いくらでも方法はあるが、このような場面で打つ手ではない。とはいえ、やろうと思えばある程度の手はある。一つだけとは今言ったが、まあ腹の内はわからんだろ。
「ほう! ……で、どんな手だい?」
是清は、若干の驚愕と共に眼前の才子に惚れ直した。この時期の大日本帝国の財政破綻を食い止める手が存在するのならば、彼はどんな人物でも抜擢する覚悟でいたが、その選択が間違っていなかったことを確信した。だが、山本はそれを知ってか知らずか、かなりもったいぶった言い回しをしはじめた。なぜならば。
「……危険な手段ですよ」
……日英同盟が破綻すると知っている以上、使いたくない手なんだけどなあ……。報復対象には、イギリスも入ってるし。
「……国費破綻と、どちらが大事だい?」
そのもったいぶった言い回しに対し、苛立つ事無く穏やかに問う是清。だが、その言調には、有無を言わせぬだけの意味が存在していた。何せ、日露戦争を戦った結果、勝ちはしたものの財政破綻が見えているのである、大日本帝国の国力は、いつの日も瞬間風速であった。それが解消されるのは、アメリカ合衆国が存在感を失うまで、つまりは昭和中・後期辺りまで待つ必要がある。
「……ぶっちゃけ、どっこいどっこいな手です」
そして、彼はさらにもったいぶりはじめた。無理からぬことだ、その案は、ある前提がなければ意味の無い、否、害悪とも言える手であったからだ。
「……で、どんな手だい?」
是清は、さらにもったいぶりはじめた山本に対して、まだ苛立たずに受け答えをしていた。それは、常人にはなし得ない程の忍耐力であった。アメリカ合衆国で、決して人には言えない程のことをされていた彼は、尋常ならざる忍耐力が存在していた。
「本当に最終手段なので、使いたくはなかったんですが……」
そして、山本はまだもったいぶっていた。だが、奥底では決意を固めた。逡巡の時は既に、終わっていた。
「うん、でも、今の帝国は使える手は全て使わざるを得ないんだ」
山本の決意を見た是清は、もったいぶっていることが無意味ではなく、自身の決意を固めるためであることを理解した。確かに、今から言を発する山本の案とは、それほどまでに危険と言えたからだ。
「……日英同盟が未来永劫まで有効であることを前提とした手です」
山本は、戦後かなり経過してからの生まれである。ゆえに、日英同盟というものがどれだけはんかくさい同盟であるか、しかしその「はんかくさい」同盟関係が大日本帝国を生存させ得たかも知っていた。ゆえに彼は、その前提を疑えと是清に促した。とはいえ、この時点で日英同盟が破綻することは流石に誰も予想していなかった。否、一人だけ存在していた。山本少年である。
「……いや、それは前提以前の問題だ。恐らく、破綻することはあるまい。否、私が破綻させないよ」
そして、是清もまた、日英同盟が大日本帝国を生存させ得た重要条件であることを理解していた。尤も彼は、山本と違いその同盟関係が「はんかくさい」ものではないと思っていたようだが。
「……そうでしょうかね?」
そして、山本はさらに日英同盟が永続するという前提に揺さぶりをかけた。何せ、眼前の大臣は彼の「下策」を識っている。古城門にも書かれた、スオミの大統領の言葉である「大国に頼り切る行為は、大国と敵対することと同じくらい危険である」ということを比喩として書かれた「日英同盟の揺らぎの可能性」という項目をよく理解していた。だが、今の大日本帝国にはその選択肢はまだ、選んではいけないもであった。
「……君の「下策」、詳しく読ませて貰ったが……」
山本の決意が揺らがないうちに包囲網を敷き始める是清。そして、山本も最後警告を行った後、是清がその名の「是」と言えば、白状せざるを得なかった。とはいえ、是清も薄々勘付いていたらしいことは、回顧録に書かれていた。
「なら、どれほどの危険手であるかは承知している、と」
……山本孝三は、観念した。彼の回顧録には、「結局使わなければならなかったか」と書かれており、それがどれだけの神経痛をもたらしたかも苦悩と共に綴られていた。
「まあ、やむを得ないことだ。明日を見るためには、今日を貫く必要がある」
是清は、確信した。だが、山本孝三はその発言をした後に、まだ実は隠し球があることを発言するのだが、彼は直前までそれには気づく由も、無かった。
「……言質は取りましたからね。……一部の権益を、イギリスに売っちゃいましょう」
その、「一部の権益」とは。山本孝三がイギリスに売り渡そうとした権益は、派手ではあるものの実益に乏しい物件であった。と、いうのも、概ね山本孝三の価値観としては大日本帝国に必要不可欠なもの、無いと非常に困るもの、そしてあるとうれしいもの、にあらかじめ既に分類されており、その「あるとうれしいもの」とか「無いと非常に困るもの」のうちで派手なものを抜粋してイギリスに高値で売りつければ当座は凌げるということは理解しており、是清も、そこまでは推理できる範囲であった。
「……やはりそれしかない、か……」
是清は、若干の落胆と共に、とはいえ眼前の少年が一応はその「売る物件」の算段もついていることを前提に決断しようとした。だが、山本孝三はさらにその斜め上を発言した。
「いや、実はもう一つ隠し球がありまして」
……ええい、もういいや。言おう。言ってしまえ。あとのことは、眼前にいる経済の専門家に任せてしまおう。
「それを早く言い給え! ……で、どんな?」
流石に、我慢できなくなったのか、それでもある程度穏やかな口調や表情で、とはいえ我慢できなくなったことの証明のように声を
「……満洲の資源を掘り起こしましょう。あるかどうかは、発掘調査を行う必要がありますが」
そして、山本は後に世界地図を変えるだけの発言を口にした。満洲の油田がこの当時存在すると知っている人間は、確かに彼しか今まではいなかったわけで、それを聞いた者は、是清しかいなかった。その情報が世界地図を動かした理由は、まあ言う必要も薄かろう。
「……満洲に、資源?」
「はい」
そして、山本は後に自身の名が付く油田を掘り起こす事業を打ち立てることとなる……。
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