第38話:年がら年中キャットファイト(仮題)/前
そして、1910年1月4日の仕事始めの儀が行われる頃の話である。是清が挨拶回りで自慢の秘書官――つまりは、山本のことだ――を自慢して回っている間にも、彼は何らかの思案を続けていた。それを見て取った是清は、一度挨拶回りの面会ないしは謁見を中断して山本に話しかけた。
「うーむ……」
「何を悩んでいるのかね、好青年」
「た、高橋大臣!」
一応、公の場では「さん」ではなく階級で呼んだ方がいいかととっさの判断で「大臣」呼びをする山本。それに対して是清は事もなげにその判断を躱して悩み事の内容を訊くことにした。
……そして、その内容は相変わらずの山本節であった。
「別に高橋さんでもいいんだけどね。まあいいか、で、何を悩んでいるんだい?」
「……電子算盤をなんとかして作れないかと思いまして」
……電子の算盤。後のコンピューターであるが、彼は電子卓上計算機をこの時期に既に考案していた。それは逆浦転生者であるからある意味当たり前ではあったのだが、彼のその考案は、結果的にコンピューターという単語を放逐することとなる。
「……電子算盤?」
「はい、電気をつかう算盤です」
そして、この世界で日本がコンピューターを発明し得なかったのは工業技術力以外の問題があると判断した山本は、いとも容易くその発案を公表した。では、なぜ日本はコンピューターを発明し得なかったのか。それは、工業技術力だけの問題ではなかった……。
「……今ひとつよくわからないけれど、それは算盤じゃなきゃダメなのかい?」
……日本は、あるいは日本人は、非常に計算力に優れていた。インドこと天竺共和国の人間ほどではなかったものの、「読み書き算盤」と称される基礎教育を200年以上も続けていたわけだから、当然ながら計算能力の底上げに繋がっていた。さらに言えば、「算術」という文化も存在しており、御雇外国人の中でも数学の分野だけは特に必要性を感じなかったという逸話があるほどであった。あるいは、ゆえに機械に計算をさせようとしなかった、ゆえの立ち後れである、というのが筆者の見解である。
……無論、TRONがアメリカ合衆国の外圧で潰されたことが、最大の原因であろうが。
「ええ、だって算盤では通信はできないでしょう?」
そして、山本はこの時代、既に電話線によるインターネットの構想が存在していた。無論、電話線では費用が嵩むことを考慮し、インターネット専用回線を作ることを既に考えていた、らしい。本人によると、「光ファイバーを作ったのは俺だ」という発言が残っている通りであるから、そこからの推察となるが。
「……は?」
そして、案の定是清はそれに対して呆然とした。無理もあるまい、いかな彼とはいえ、現地の人である。未来人の発想力は、いかにも呆然とするに充分過ぎた。
「ええと、君の話を整理すると……」
そして、山本の発案を整理した是清は、どうにか自身の知性を以てその発案を解析し終えた。それには、既に四半刻は経過していた。
「そういうことになります」
そして、その四半刻の推理の結果に若干の驚きを以て迎え入れた山本は、明治人の知性の鋭さに対して素直に敬意を思った。
さすがは、日露戦争を勝ち抜いただけはある、と。だが。
「さすがに、それは机上の空論だろう」
是清は、それを一蹴した。無理もあるまい、この時代にインターネットなど発明しようものならばとんでもない時間と予算が必要であった。というか、発想があってもまず間違いなく追いつくだけの技術力が大日本帝国には存在しない。とはいえ、そこは山本である。彼は工夫や小細工を以て、それを未来からだまし取ろうと思っていた。
「確かに、現状でそれを作ろうとしたら膨大な資金が掛かるかも知れません。しかし、やってみる価値はあります」
「とはいえ、ねえ……」
「無論、ただ資金提供をせよ、などとは申しません。何せ、国家規模で予算が掛かる計画です。そして、私はこの手の計画をあと2,3個は立案できます」
そして、山本が国家計画として行おうとしていたのは、インターネットだけでは、なかった……。
「おいおい……」
俺が提案した企画は、まあ要するにコンピューターを作ってしまおう、というものだ。無論、無理は承知。この計画は試金石に過ぎないし、発明できたら暗号文の解読などされない自信がある。
そして、残りの2,3個の計画は、まあ一つ目は言うまでも無く核兵器だ。なんとしてでも、アメリカ合衆国に核兵器を落とす。先んじて。それが、俺がこの時代に生まれた意味であろうことは、微塵も間違いが無い。
そして、他の国家規模の計画二つは、まあおいおい説明したいと思う。とりあえず、核兵器とコンピューターをこの時期に発明できてしまえば、喩え将来的に、あるいは死後に大東亜戦争が起きたとしても、おそらくどうにでもなる。
「さて、早速だが神童麒麟児の頭脳を借りたい。新任秘書官としての初仕事だ」
そして、是清は話題を切り替えることにした。それは、山本の気をそらす部分もあるにはあったが、もっと切実で重要な問題が存在したからだ。
「は、はい。なんでしょうか」
是清の目が変わったことを見た山本は、珍しくそれを読み取れたのか、あるいは曾祖父の脳髄は自身の障害特性を打ち消し得たからか、素早く態度を切り替えることに成功した。
「……ここだけの話、日露戦争で借りた借金の今年度の分が返せそうにない。何か、手はあるかい?」
「えっ……」
……マジで?
……それは、全て財政が乏しいという黎明期の国家の悲しき性であった。とはいえ、山本はこの課題をいとも容易く乗り越えることとなるのだが、それを知る者は本人を含め、存在しなかった。
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