第32話:Go East!!(前)

「そいじゃ、行ってくる。不在の間のよしなしごとは任せたぞ、爺」

「ははっ、非常時の行動は彼らにお任せ下され」

「おう」

 明治42年12月8日、高橋是清より内閣顧問に招かれた山本孝三はわずか数十人の使用人を連れて帝都目指し、旅立った。目標は三鷹に建築中の別荘、というよりは出張拠点であった。後に内閣総理大臣となって首相官邸へ移る孝三であったが、この時点ではまだ一介の政務顧問であった。とはいえ、10代にも関わらず政務顧問に上り詰めた時点でその力量はすさまじいものがあるのだが、それは気にしてはいけない。

「坊ちゃん、いかがなさいましたか。そのように妙な顔をして」

 使用人の一人が、「坊ちゃん」こと山本孝三の顔を見て何か不服な面があるのかと問うた。無理もあるまい、本来はもっと大人数で動く予定だったからだ。だが、「坊ちゃん」の思案は彼らの斜め下の方向で動いていた。

「……まるで大名行列だな、と思って」

 馬にこそ乗っていなかったが、その行列は間違いなく小規模な藩の大名行列に匹敵する程のであった。とはいえ、それを笑って使用人は否定する。

「ははは、大名行列はもっと大勢で御座いますよ?」

 この時代、江戸時代はまだ遠からず、大名行列を生で見ていた人間も存在していた。「爺」より使用人の隊長格としてつけられていた彼もその一人であり、その「隊長さん」が見たことのある大名行列は、それこそ数十人ではなくもっと大勢であった。

「いや、そうかもしれんが……。もっと少なくてもよかったのに」

 一方で、彼はもっと使用人の数が少なくても良いと思っていた。一説には、片手で数えるほどを想定していたとも言われており、あるいは単身赴任も考えていたらしいが、山本家は分限者であり、同時に旧家であった。それこそ、千人からなる取り巻きが本家には存在しており、むしろ嫡男でないとはいえ嫡子に渡す使用人の数を絞ってこの人数であった。

「そうは参りません、当主様も坊ちゃんには期待しておいででございますから」

「……ああ、そう」

 げんなりとした顔で頷く「坊ちゃん」。いろいろ思うところはあったようだが、彼は全く見当違いのことを考えていた。

  参ったな、そういや俺オヤジの名前はもちろんのこと、顔も知らないんだよなあ……。

「ところで坊ちゃん、三鷹の新邸でございますが……」

 三鷹の新邸、すなわちこれから「坊ちゃん」が向かう新居であるが、まだ完成はしていなかった。とはいえ、住むだけならば充分な機能は整えており、飽く迄「山本家」の「嫡子」が住むには箔が足りないということであった。

「おう、流石にまだ完成はしとらんだろう、どこか別の所に宿泊する必要があるな」

  だから、もっと少ない人数でいい、っつったんだが。

「ああ、それはご安心下され。確かに未だ未完成でございますが、本拠に値する主要部分を先に作り上げることにより最低限、住居としては完成しております」

「えっ」

 ……そして、山本少年はもっと事態が深刻(逆浦者視点)であることを思い知ることとなる。

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