第33話:Go East!!(中)

「さて、着きましたぞ」

 使用人の先導案内役が三鷹の新邸まで迷わぬように「坊ちゃん」を連れてきた。そこにあるものとは……。

「……なんだ、これ」

 「坊ちゃん」の眼前に広がる光景は、おおよそ五百坪はあろうかという広さの離れのみが完成していた、武蔵野台地を可能な限り広く取った「屋敷」であった。否、「屋敷」というよりはそれは最早ちょっとした小規模な「町」であった。事実、「屋敷」を移築する際に撤去された敷地は後に「孝三町」として自治会が置かれるほど広かったのである、まさしくそれは一種の、山本孝三だけのための「町」であった。

 そして、使用人達は更に「坊ちゃん」の度肝を抜くが如き事実を口に出す。

「少々手狭では御座いましょうが、完成の暁には今少し立派になりまする、我慢して頂ければ……」

 手狭。先程の「なんだ、これ」が逆の意味であると誤解した使用人達は、さらに広くなるから今は我慢してくれ、といったことを言い出した。無論、「坊ちゃん」の心情としては別の意味であった。

「いや、充分だ。というか、広すぎる」

  なんだこれ、いくら何でもむちゃくちゃだ。富豪描写の一環だとしてもこれ単位は坪じゃなくてエーカーだろ。首都圏でエーカーとか冗談じゃねえぞ。維持費とか固定資産税とかの効率も考えろよオイ。

「は? ……いえ、計画ではこの数倍の広さとなる予定で御座いますが……」

 使用人達は、てっきり「坊ちゃん」がこの屋敷を捨て扶持ないしは手切れ金であると勘違いしてカンシャクでも起こしかねないと戦々恐々としていたくらいなのだ、それを「広すぎる」という反応であったのは、彼らにとっては本当に予想外であったらしく、計画の全容を明かすのだった。

「冗談だろ?」

  なんだこれ、人が住むには広すぎるだろ。いくらなんでも限度があるだろ。どんな描写だよ常識考えろってオイ。……いくら、「はりまちほー」では有数の家柄だったのかもしれないが、関東ではお客さんなんだから慎ましやかにしとかないと拙いだろ……。

 山本孝三本人のみが驚き呆れる中、山本孝三の出張に付きそう執事・侍女などの使用人達その数26名は着々と準備を開始していった。なお、山本が後に仰天した事実は、まだ彼らの口からは告げられていなかった……。

「……坊ちゃん、入られないので?」

 不思議そうに「坊ちゃん」こと山本孝三を見つめる使用人達。無理からぬことだ、彼らにとっては「坊ちゃん」こと山本孝三は言ってしまえば一番星のようなものだった。その一番星が威風堂々と敷地で一番最初に取り組まれた離れ、すなわち仮住まい――とはいえ、仮住まいだったとしてもその辺の庶民からすれば大豪邸であったのだが――に入居せねば、彼らが先に入ったならば眼前の「坊ちゃん」が怒らなくとも本家から大目玉を食うのは明らかだったからだ。

「……入って、いいのか?」

 一方で、そんな事情などつゆしらぬ山本孝三「坊ちゃん」は眼前の五百坪はあろうかという「離れ」が自身の「仮住まい」だという意識すらないのか、非常におっかなびっくりで遠巻きに見るのみであった。……無理もあるまい、彼の前世の家は、せいぜい眼前の家の一室程度のウサギ小屋であり、彼は一介の書生に過ぎなかった。それがこんな大豪邸を与えられても、戸惑う以外にはできそうになかった。

「坊ちゃんが入られないと、我等も入れませぬ」

「えー……」

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