第29話:高橋名人の挑戦状(前)
明治42年12月4日、高橋是清が山本孝三の邸宅に来訪したという事実はある衝撃を以て彼の眼前をつんざいた。
「君が山本君だね?」
「……ワタクシナニカワルイコトデモイタシマシタデショウカ」
「まあ、掛けてくてないかな。そんなに固くなる必要もないよ」
「ひぃー……」
皆様ご機嫌よう、山本孝三でございます。……と、現実逃避をしたくなる。だって、さぁ……。
「その様子じゃ、僕が何者か知っているようだね。とはいえ、自己紹介はしておくか。僕の名は是清、高橋是清だ」
「……山本、孝三でございます……」
なんで高橋是清がうちに来てんだよぉーーーっ!?(汗
高橋是清、説明する必要も薄いが、財政面における日露戦争の立役者であり、二・二六事件で暗殺されなければ恐らく日米開戦を防ぎ得た(流石に、彼単独では難しいが)ないしは勝利に導き得た人物の一人と言えよう。彼は、天性の大蔵大臣といえた。
その、高橋是清が山本孝三の邸宅の、一番いい応接室で座っている。その事実は山本孝三を緊張させるに充分過ぎるものであった。
逸話を見る限り、温和な人物であり怒鳴り散らされる心配はないのだが、そもそも彼は逆浦転生者である、高橋是清という存在がどれだけ大日本帝国にとって巨大かを知識として、そしてある程度の体感として知っていた。ゆえに彼は、完全に固まっていた。
「ははは、固くならなくていいのに。……さて、山本君。挨拶は済んだし、早速本題に入ろうか。……この前の「下策」、どこまで本気かね?」
……そして、程なく高橋是清は温和以外の顔を見せることにした。とはいえ、物腰や態度は穏やかであった。問題は、その質問の内容である。「下策」、すなわち「古城門」一号刊に掲載した「最悪の事態」を予測できる人物という目で高橋は見ていたが、無論それは真実とは異なる。
「……上策、中策、下策、全て机上の空論ながら本気でございます」
ちなみに、概略だけ記すと「上策」は世界恐慌の回避、「中策」は大東亜戦争での勝利、「下策」は史実である。無論、彼は下策を回避するために全力を尽くしており、史実を改訂ないしは修正する行為には、彼は何のためらいも無く駒を進める気でいた。
「そうかい。……質問を変えようか。君、ひょっとしなくても大蔵省の機密文書、見たろ」
そして、高橋は質問の内容を変えた。とはいえ、「大蔵省の機密文書」とは、言ってしまえば高橋のメモランダムに過ぎず、さらに言えば如何にして大日本帝国を富ませるかの筋書きが記されている、一種の計画書であった。高橋は、物腰は相変わらず穏やかであったが、それゆえに「凄み」が存在していた。
「見てません! ってかそんなのあるんですか!?」
一方の山本は、あくまでも逆浦転生者である。ゆえに、史実のアンチョコを以て史実を改訂する行為には長けていたが、本質的に彼は一介の書生に過ぎなかった。それが一応は、高品位の書生であったとしても、あくまで書生程度に過ぎなかった。
「嘘だね。……そうでなく、本当に机上の空論ならば、今からする質問に答えられるはずだ。いくつか、質問をするけど、いいかね?」
高橋は、なおも穏やかな物腰で山本を「詰め」はじめた。とはいえそれは詰問というよりは、山本を推挙しても良いか試験するという意味合いであった。だが。
「は、はいっ!!」
やばい、やばい、やばいやばいやばいやばい、なんか知らんが返答次第じゃ殺される!
……山本孝三本人はこれであった。何せ彼は、戦後の平穏な世と思わしき時期に生誕し、死去したにも関わらず精神的には戦乱の世をくぐり抜けたと勘違いしていた。無論、それは自閉症であったがゆえに差別され続けていた前世があったからなのだが。
ゆえに、高橋はせいぜい推挙の可否を判断する程度に過ぎないというのに、完全に誤解しきっていた。
とはいえ、高橋是清も「サトリ」ではない。そして山本孝三も「サトラレ」ではない。ゆえに、誤解が解けぬまま話は続く。
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