第28話:明治42年の収穫祭(後)
明治42年11月23日、「古城門」の第二刊が発刊された。また、同時に「古城門」の一号刊も雑誌としては日本では初めての三刷目が刊行された。だが……。
「坊ちゃん、大変です!」
トビラを蹴破らんばかりに荒々しく開けたのは、普段山本少年から「爺」と呼ばれている老執事であった。普段は過激な山本少年を穏やかにたしなめる側であるはずの彼が取り乱すのはそれなりに珍しいことであった。
「なんだ、棒から首に。まさか刷った号につき一万部の全てが消えて無くなったわけではあるまい」
一方で、強かに開けられたトビラを心配しつつ爺がそこまで動転していることに若干の諧謔性を感じた山本少年は姿勢を元に戻すやカナ版のタイプライターを打ち直し始めていた。なお、それはお手製であった。
「そ、それが……、まさにその通りで……」
一方で、その「爺」がもたらした報告は如何にも驚愕すべきものであった。何せ、一部50銭(現代貨幣価値に直して大凡5000円~1万円か)という強気にも程がある価格設定すら何の意味も無いほどの販売を記録し始めたのだ。何せ、一万部刷ったとしても持って1日であったのだからその販売速度は最早常識を外れ始めていた。
「なん……やて……?」
明治42年11月23日の段階で、雑誌「古城門」は一号刊の三刷目である一万部にも及ぶ発行数と同じく平積みで並べられた第二刊、こちらも初刷は同じく一万部発行していたが、なんと両方とも次の日には既に消えて無くなっていた。無論、本当に消えて無くなったわけでも無ければ書店が損をしたわけでは無い。むしろ、書店側としては雑誌「古城門」はいわば二冊(一号刊+二号刊)で一圓金貨ないしは一圓紙幣との引換券と化していた程であり、なんと書店同士が置くための部数を確保するために暗闘をしていたほどであった。
……そう、山本孝三は明治時代の知性をあまりにも甘く見積もっていた。山本孝三がしきりに「打倒一橋、打倒朝日を掲げた以上はたかが念仏雑誌などに負けるな」と名指して批判した中央公論がまだまだ名前を「中央公論」に変えて10年経った程度に過ぎず、更に言えば後の物価上昇で1圓になる定価もこの当時は20銭の時代であったにも関わらず「古城門」はその雑誌定価を50銭に設定しており、それは「祝祭日刊行」という変わった体制(一応、祝祭日は当時年に10回あったので月刊と張り合える頻度ではあるのだが、四月中旬から九月中旬までの休止などもあることを考えたら確かに変わった体制といえようか)であったこともあいまってあまりにも強気であったし、山本自身も前回記述した通り「貸本屋が貸したり、待合室などの人が多い場所で備品として回し読みをすることが前提だ」とした価格設定なのだが、それでも古城門の第一刊第三刷までの合計一万三千百余部と第二刊初刷一万部、合計二万三千余冊は日が変わらぬ内に書店から消え失せていた。そして、山本自身も何らかの思案があったのか、ある確信を以て次のように発言した。
「……爺」
「はっ」
「……万一、窃盗事件があってはいかん。そのような雑誌一冊のためだけに法を犯すようなすくたれ者など本朝にはいないだろうが、彼らのためにももう少し今後は発行部数を多くするぞ。輪転機の限界に挑戦する」
沙織事件など、以ての外だ。なんとしてでも初動で地位をつかむ!
「は……ははっ!!」
孝三少年の脳裏にあるのはただ一つ、沙織事件や宮崎事件などによって不当に貶められた宅人の立場を鑑みた未然封殺であった。これだけではなんのことか解らない人もいるかもしれないが、要するに彼はマスコミを牛耳ると同時にオタク趣味を肯定することによって日本の文明的誤りを繰り返さないことのみに重きを置いた、オタク活動を肯定的に捉えさせることを半ば強制させるための行動をこの当時に作り出すべく動き出した。通称、「くたばれPTA作戦」である。
「さて、次は元日か。12月に一号刊と二号刊の増刷を行い、同時に三号刊の宣伝を大々的に行うぞ。今後の刊行日も整理しておきたいしな」
「畏まりました、して如何程」
「古城門の三号刊までで、合計百万部を目指す」
そして、彼は決断した。世界大戦を勝利で終わらせ、今度こそアメリカ合衆国を叩き潰す、すなわち「あやまちをくりかえさない」決断である。そこには、微塵の狂いの無い覚悟が存在した。
「ひゃ……百万部、でございますか」
「おう、多少余っても構わん。余った分は博物館や図書館に寄贈でもするか」
「畏まりました!」
そして、11月が更けて12月になる頃には……。
「坊ちゃん!」
「おう、売り上げ報告か」
「それどころではございません!」
「あぁ?」
……12月4日に、高橋是清が山本孝三の邸宅に来訪したという一報を彼が聞いたのは既に玄関に高橋是清が存在した時だったという。
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