第23話:山本孝三の憂鬱

 明治42年10月のことである、ケブラー繊維からSSRIまで、何から何までを吐き出した(と、書いたが、なんと彼はまだ隠し球を所持していたことが後に判明する)山本孝三は、ひとまず解放されて三鷹吉祥寺から「何らかの手段で調査がメンドイ」新橋ステーション(当時、駅という呼称は無かった(だったはず))まで向かい、野(忘れている方もいらっしゃるかもしれないが、彼はせいの親等と同様に脇坂藩士である)までの切符を買い込み、ひとまず座席確認のために列車に乗ろうとした。そんな折りである。

「号外ー! 号外ー!」

「ん?」

「坊ちゃん、私が見て参ります」

「おう、頼んだ」


「号外ー! 号外ー!」

「何の騒ぎだ」

「ああ、ご老体。なんでも哈爾浜ハル「ビ」ン駅で伊藤元首相が襲撃されたらしい。幸いにしてどっかの研究所が作った銃弾を防ぐ服とかいうものを装備していたらしいから大事には至らなかったらしいが……」 

「……なんですと?」


「ん、何の号外だった」

「……詳しくは、列車が発車してから話しまする。ひとまず、席にお着き下され」

「おう」


「伊藤博文が襲撃された!?」

  しくった! 安重根事件って今日だったか!

「しっ。……声がおおきゅうございます。……幸いにして、伊藤翁は一命を取り留めた由に御座います」

  ……なんともやれやれ、……ん? 一命を取り留めた?……そいつぁ僥倖、あることないこと吹き込むチャンスだ。第一……。

「そうか、それは幸いだ。……犯人、当ててやろうか」

「ご存じでしたか」

「ちらっと記事が見えた(ということにしておこう)、全く、不逞鮮人め、そんなに合併されたいか」

  あんな最貧半島、合併しても何の得も無いというのに。いっそのこと、連中をウラニウム鉱山で使い潰すべきか?……北朝鮮区域にそれがあるのは確定なんだ、だったら、いっそのこと……。

「……全く、伊藤翁は合併反対派だというのに、なんということを」

「実はな、俺も朝鮮合併は反対派なんだ」

「ほう、して、なにゆえに」

   おや、坊ちゃんが国土拡大策に反発するとは、珍しいこともあるものだ。まだ10月だというのに、雪でも降るか。

「あんな最貧半島、合併して日本人になどしたら日本の地が穢れる」

「……坊ちゃんらしいお答えですな」

   ……案の定か。坊ちゃんはまこと、あのエラの張った連中がお嫌いらしい。どうも、坊ちゃんは白人種に狼狽えることなく堂々と対応するし、東亜の民に礼儀を以て対応する割りに支那朝鮮に対しては威丈高に接する。やはり、まだまだ爺にはよくわからぬわ。

「当たり前だ、あんな連中が日本人面をするなど、不愉快極まる」

「……しかし、その案は使えますな」

   ……とはいえ、坊ちゃんがそれを発したということは、現状の情勢には使えますな。何せ、東北はまだまだ寒村が立ち並ぶばかり、日露戦争で賠償金こそ得られなんだものの、坊ちゃんの頭脳と本朝の躍進を考えたら、まだまだ伸びしろはある。

「と、いうと?」

「本朝は一等国になったとはいえ、まだまだ開拓の余地がございます。爺の故国も、まだまだ貧しゅうございますがゆえ」

「……そうだな。朝鮮なんぞに投下する資本があるならば、東北や北海道を富ます方を優先すべきだろう。台湾は一応、資本を投下する必要もあるが、朝鮮に資本など、ドブに捨てるようなもんだ」

  ……はて、眼前の老中の故郷ってどこだったっけ。今度聞いておくか。第一、北海道にせよ東北地方にせよ、樺太への足がかりになる以上は放置しておけん。それに……。

「はは……しからば、そのように」

「?」

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