第20話:もう決めたの、鳥を見に行くって(伍)

 山本孝三が話した内容は、脇坂安斐にとって驚天動地に等しい概念であった。何せ、彼の話した内容とは、言ってしまえば読者世界のマスコミがいかに強いか、そしてそのマスコミを乗りこなすにはどうすれば良いのか、ということであったのだから。さらに彼は、著作権の概念どころか、二次版権の概念すら、既にきちんと知識として装備していた。こと、大新聞がまだ萌芽の時期にも係わらず、彼が装備している概念とは、もはや江戸生まれの人物にとっては前後不覚になるほどの新概念であった。だが、脇坂安斐も一廉の人物ではある。なんと、山本孝三が語った内容を、きちんと受け止めて、彼は結論づけた。

「……即ち、孝三。おぬしがやろうとすることは、世界を乗っ取るに等しいの」

「……乗っ取られる前の、防衛的作戦に御座いまする」

「……まあ、よかろう。そこまでの決意と目測があるのならば、安心して高紹めを送り出すことにしておこう。まあ見ておれ、華族出身であるがゆえに、最低限の任は果たせようて」

「有り難き幸せ」

「なんの、無理を言ったのはこちらよ、ありがとうのう、孝三」

 かくて、彼はまたしても時代を動かすことになる。厄介なのは、今までの薬品発明と比べその時代を動かす行為が確信的であったことだ。

「さて、孝三」

「はっ」

「後のことは、おぬしに任せる。何卒、高紹めをよろしく頼むぞ」

「ははっ」

 かくて、山本孝三の手によってついに本朝の、おおよそ平安時代から存在する文学的存在は花開くことになる。後に「Zipang Magazine」と称されるほど価値の高い月刊誌、「古城門」の紀元は社史によれば山本孝三の鶴の一声で始まったと語られている。

「それでは、儂はそろそろおいとましようかの。せいとしっぽりやるが良いぞ」

「は……な、なにを仰いますか!」

 ……だが、山本孝三はまだ少年であった。ゆえに、閨事などに関しては、非常に疎かった。それは童貞であることを差し引いたとしても、そして年齢を鑑みたとしても、非常に疎いものであった。

「なにを、とはなんじゃ。夫婦になる以上は別になにをしてもかまわんじゃろう。それとも、婚家に遠慮でもしておるのか?

 ……前にも言うたじゃろう、婚家先は男子が出来なくて困っておるのじゃ。やることはやった方が、助かるはずじゃがの」

「そ、そういうことではございませぬ!」

「なんじゃ、別に儂は退散すると言っておろうが。何、互いに初物であることは知っておるわ。いきなりやれなどとは言わぬ、ゆっくり親密を深めるが良いぞ」

「……子爵様……」

「ではな」


「……おいおい……」

  あーあ、こりゃひどいわ。こげな状況であれば、勃つものも勃たん。

「旦那様、私めではお厭でございますか?」

  せいがしなだれかかってくる。いや、アンタ俺の曾祖母だからね?否も応もないし、俺がこの世界でも生まれるためにはアンタと結ばれて子を二、三為さねば成らない、ってのは自明の理なわけで。

「そんなことは言ってない。ただ、単にあそこまでからかわれたのはさすがに……」

  そういう意味じゃねえんだ、これは。あそこまでからかわれて、ムードもへったくれもない状況に放り込まれても勃つ性豪じゃねえんだよこちとら。ナイーブな平成男児にこの状況で「やれ」って言われても無理なもんは無理なんだって。

「恨みますか?」

「まさか」

  とはいえ、それが脇坂子爵を恨むかっていわれたら、そういうわけでもない。それに、作る時期は決めてある。確か爺様は大正十二年、十月七日生まれなんだから、そっから十月十日を逆算した場合……。

「なれば、よろしいではありませんか」

「……して、今から何かするのか?」

  とはいえ、今からことを致すのは難しいんだけどな。いかんせんなんというか、雰囲気って大事だしな。

「いえ、さすがに初夜とはいえ本日は難しいでしょう。ここは一つ……」

「?」

「一つ、せいの頼みを聞いて下さいませんか?」

「……?」

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